【お金なるものについて】
どーしてこうなった件笑
2026.1.10
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お金のことをね、考えるんですよ?
まずは自分自身への前提共有情報として。 このページと同サイト内、睦月のページからの引用 * まぁね、そっちにも書くんですが、2000年=30歳のときに病気になって、約5年後の再発時から障害年金を受給していて、2021年に完全に服薬も通院も終わり、一昨年末に年金の受給者からも外れて。 病が治りはじめた2020年頃から、いわゆる通常のヒト意識から、過去生でも何度も経験してきた巫女意識にかなり強引な様子でシフトさせられた。これは、地球自体の時代的なものなのだろう、主に人間以外のものたち(地球や自然界が多い)からの人間への本格的な応答=フィードバックを、メッセージ等として受け取っていて、だいぶメインの仕事は終えているのだが、巫女意識というのは、まぁまぁお金と縁がない、というかお金というのはヒトの間でしか動いていないものなので、ヒト以外のものの割合/分量の多い仕事では、お金にダイレクトに繋がりにくいのだ。 例えば巫女意識をもった存在の代表ともいえる沖縄のノロ(聞得大君)は、国家公務員であって、明治時代にそこを外されてからも、副業が禁止で、御守を作って売るのが限界という、なかなかに現代では巫女意識=役職の維持が難しい状態に追い込まれている。 これは、国家からの(いったん国家でリセットされた)お金なら受け取れるが、巫女意識を宿した身体状態の維持のために、具体的で様々なベクトルとエネルギーを宿した状態の、つまりは偏った状態で(ちなみに、個々人、個々の家庭、個々の企業を通過しているときのお金というのはすべからく偏っている。これは当然のことで、それが悪いわけではもちろんないし、それが悪いお金であるということももちろんない)使われたままのお金には繋がれないという道理がある。 巫女意識では、その目的でおろしてくる言葉には、固有名詞をできるだけ使用しない(生活していて個人レベルの意識でいるときには、現代ではもちろんそんなことは無理だ)ということともつながっている。これは主に、自然界のものは、すでにすべて個々の存在であるので、メッセージ内で呼び指すための、種別としての名前のようなものは存在しても、固有名詞で名付けるようなレイヤーで使用されている言葉は必要ない、巫女意識でもその状態で言葉を受け取るべきだというところから来ている。 国家(この場合は琉球)のために何某かを受け取るには、自分(自分の身体、どちらかというと脳ではなく身体)に繋がっている諸処の存在状態が、できるだけ偏らない、自分の周囲360度均質なものでなければならず、そのために固有のレイヤーに繋がっているお金が受け取れない、ということなのだ。 なので、巷によく言われる、単純な意味で言う奉仕精神、自己犠牲的精神によって、もしくは過去生における巫女意識の失敗が、お金に対するブロックや罪悪感に繋がっているという話ではない。 ちなみに、この点において、過去生で魔女だった人たちは、実際にダークな側面を担って金銭的/精神的/物質的に儲けて=得をしてしまった=無理を通してしまった経験があるので、そうした罪悪感がありうる。魔女意識と巫女意識は似て非なるもので、現代の日本では、過去生の魔女が巫女をやっている例も多いので、他者への禁止事項を土台とした優越性ばかりが目立ち、巫女としてはほとんど機能していない/もしくはかつての豪族お抱えの、自然界と人間界の差別化=自然界を絶妙に貶めるために存在していた大巫女の機能しかしていない。本来の巫女は、自分に対しての禁止は多いが、他者への禁止機能/優越機能はほぼゼロ、そうでないと人外との対等性が保てない/人外から人への言葉は受け取れないという理由によるもので、必ずしも謙虚さや聖性が関係しているわけではない。現代の日本では、むしろキリスト教のマリア的な存在=「日曜日のマリア」、コミュニティでゆるやかに共有されているマリア的存在の方が、ふんわりとした博愛/平等を規定とした、巫女意識に近い存在として機能している。 *追記で、上記を宗教的区分として、比して記載するなら、仏閣や葬儀関係においでの方々は、地(土地)の力が弱まっているせいで、お家で担当された仏(霊)を和らげる力も落ちており、そこにかなりの葛藤が起こっていて、特に女性は精神的にも影響している可能性があるのではないかとみています。魔女意識の方々で、こちらにおいでの方はより一層。陰陽等の技術としての除霊など、霊の昇華に向けて速さを求めるプレッシャー行為は、ヒトからは一時的に離せるかもしれませんが、かえって土地や建物には禍根を残すともみています。 話を戻して。 現代では国家自体も、かなり固有名詞化してしまっており(これは情報網がワールドワイドになって、各国及び自分の地球上での位置情報が明確さを伴ってきたことから直結した必然事項)、どこぞの国の国家公務員ならこの基準をクリアできるかといったら、現代の情報監視/管理/共有の点から、巫女意識でのアクセス先や言葉に制約がかかってくる限りにおいては、そこに厳然たる固有性や、情報判断における(倫理性という名の)優位性が発生しているので、満たせないだろう。その声を聞かなければならない相手は、人間以外のものたちだからで、彼らの意見として修正が入るのも、だいたい人間の極端な優位性/優越性に対してだからだ。 私は個人的に(これは巫女意識としてではなく私個人として)、人間外のものたちよりも、宗教的な意識の発展性から神のように人格化した概念=いわゆる高次元の存在や守護霊、ハイヤーセルフ、アセンデッドマスター、大天使、地球外の存在、人間が自らの妄想で攻撃的な神化をさせてしまった自然存在(日本なら龍神が代表的か)に話を聞く方が、個々の身体が属しているコミュニティ(個々の身体内の人格の集合状態も含む)からその権威的存在を、最高化かつ外在化、人間との階層化をしようとしているという理由で、全体主義的な権力を強化する方向性の、よほど危険な行為だと思っているのだが、どうやら現代では逆のように思われている節があって、本当に恐ろしい。 そんなことで一周回って、お金である笑。 「武士は食わねど高楊枝」ということわざがあり、男が武士なら女は巫女、というくらいには日本の両輪を担う高潔な魂に育ってしまっていると(数が圧倒的に違うけど多分。笑)、なかなか。過去生の感覚を思い出すのもいいし、それで仕事をしなくちゃならなかったのも分かるんだけれども、個人としてはどこから手をつけてよいやら、という感じである。 個人のよすがである自我を、人間意識であることを維持できるぎりぎりまで減らさないとそもそも仕事にならない身で、自我を増やすことがまず、職業病的に罪悪感が伴う。お金をもらうことでなく、生存維持のためにお金をほしいと思うことさえ、それが自分のため、自分だけのため=自我意識に属するので、それ自体、巫女意識の身体的クオリティを下げる行為で、禁止事項だったりするのだ。 道理は通っている。 けれどもん。 そこらへんを、2019年に病が突然、予兆もなく治ったときから、ずっと悩んでいるのだった笑。 ってことで、割とちゃんと書いちゃったので、お金のページにも同様の内容を記しておく。 (引用終) * とりま、巫女意識最中に受け取った(2023年頃からだろうか、日本各地で)、そもそもお金とは何ぞやってあたりから、自覚のために記していこう。 今の時点で書けそうなのは。 受け取ってること①岩石としての「金」 受け取ってること②光とお金の共通点~粒子と波~及び相違点 |