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BGM:「夢の続き」竹内まりや また、新たな人たちが出現するターンらしい。 * BGMにあげているのは、高校の頃によく聴いていた曲だ。3年の学園祭でうちのクラスがやった演劇の主題歌として、選ばれた曲なので、ジャスト当時の曲なのかは知らない。 「あなたの。」のyinのページで、しばらく暦を感じるための作業をしていた。それ以前には、2023年の春頃からサビアンシンボルを暦とカードとともに追いかけるという作業もしていたが、一年のうちでたまにこういう確認をしたくなる時期がある。 その暦の確認作業では、惑星の逆行についてはジオセントリック(通常のホロスコープを見るのに使う方法)で、惑星のいるサインの確認にはヘリオセントリック(前述のジオが「地球」という意味でそれを中心とするので天動説的、対するヘリオが「太陽」という意味でいわゆる地動説的な出し方になっている)を使っていて、占い業界周辺で言う巷で話題の、海王星牡羊座への移行は、ヘリオセントリックでは昨年の5月、ジオセントリックでは昨日ということらしい。 こういった確認に対する呼応感覚というのは、世間での共有意識もとても影響していると個人的に思っていて、なので、太陽系の常態としてはヘリオセントリックが正しくても、現在のジオセントリックの見方が長らく一般的な昨今では、暦師・占い師のような星の運航に敏感な方々が「変転の感触」を予定/自覚すれば、全体的にもそうなる。正しさというのは、物理的な正しさが決めるものではないことがあるし、一般通念の精製化された道徳倫理的な側面が決めるだけのものでもない。ということで、今回の海王星の移行も、昨年の5月とともに(このときはホームページをだいぶ久しぶりに再開して、「dear nobody」と名付けた。2000年の頃に強烈な印象だったnobodyもしくはnobodyたちのことを、個的レベルで認識したからだが、このことも私にとってはとても大きな現象だった)、かなり強烈なものとなった。 過去生を思い出すさなかに、今世での幼い頃からの諸々もかなり思い出していて、それは先週末に出かけた街で、4歳の頃に起きていた樹木からのお誘いに、50年くらいぶりに再び自分が呼応して、話をしたという感覚によってさらに確化して(内容的にはおそらくこの辺りのことが、そもそもの予定調和に入っていたのかもしれないが)、本来とるべきだったが逸れてしまったらしいルートが出現した、もしくは何の脈絡もなく途切れたルートのその意味が出現してきた、という、いかにも魚座から牡羊座への移行に相応しい状態になっている。 高校時代、好きな人ができて、けれども、他に周囲が見ていかにも相応しい人が数名いて、それが納得できることだったので、玉砕覚悟で(手紙でだったので何と書いたのか忘れたが)告白して、それで終わったと思っていたのが、その翌年の年賀状に「よろしくお願いします」と書いてあって、あまりにも驚いた記憶がある。なのだが、その日?数日後?には、その「よろしくお願いします」の意味が分からなくなり、彼のことも彼のことをどう思っていたのかも、すべて私の中から失われてしまったのだ。 今思うと、彼への集中度というのは、女子サッカーの選手を応援していたときと同様で、彼女の場合は、動けない私の身体が本来の人間ではこれだけ動ける可能性があるのだと理解できるまで徹底的にプレーを拝見するという感じだったが、彼の場合は、高校生にあるまじきある種のあきらめを嫌味なく体現している、達観したのんびりさ加減が、当時の(お腹もいろいろと痛いし)過緊張だった私に、ものすごい緩やかさをもたらしてくれていて、「この緩い感じでも生きられるのだ」という確信がほしかった私は、彼の(今で言う)エネルギーっぷりに自分をチューニングしたかった、それが主たる理由で強烈に好きになっていたのだと思う。彼のような人に対して「強烈に」なってる時点ですでに過剰な気が、当時もとてもしていて、そういう自分を、彼には相応しくないと笑うことすらあった。 なので、この、告白してから一体どれくらい経ったのかも、私の感覚では忘れている頃に(自分ではすっかり玉砕したつもりでいるから笑)やってきた「よろしくお願いします」が、今考えればいかにも彼らしいのだけれども、そこまではよかったのに、なぜまるで彼に関する情報や記憶が抜け落ちてしまったかのように、自分の大事な感情すら忘れてしまったのか、当時の自分では不可解すぎて、結局そのままになってしまった。 結局そのまま?信じられます?笑 自分で自分に全く理由が説明できない状態だったので、他の誰にも説明できず、彼は私に告白されたことすら誰にも言わなかったらしく、そのままでこの歳まで来てしまうという、恐ろしい事実が発覚したのだった。 ヒドイヨ?全体的に。 それで、今になっていきなり、本当に彼のことというのは思い出すこともなくて(玉砕自体もさほどつらくなかったし。それほど好きじゃなかったというよりも、何というかこの人は、周囲の誰かにつらい思いを起こさせないような何かがあって)、3年ほど前から五次元ですぐそばにいても全然彼だと気づかなかったようだから、いきなりだ、いきなり、その理由が分かったというのが、過去生に関係していたからだった。饒速日だったnobodyと、実は時間軸的に連続している話でもあって、彼が「一緒にいるようになるのは、他の人や、いちばんカルマがきつそうなnobodyとのことが終わってからで、なんなら来世でもいいよ?」って言っていた理由も、彼は多分、過去生についてここまで分かってはいなかったと思うけれども、これで私の方ではよく分かった。 2021~2022年、長く飲んでいた薬から、激痛と激痒と流動食のみの食事ののちにようやく抜けて、生活訓練のために実家を出て、宿泊施設で連泊しながら暮らしていたときに、ある晩、五次元でとても幸福な抱擁を受けてしまったことがあって、こんな幸福は少なくとも今世では初めてだったので、トチ狂ってしまった経験があった。相手が誰だか全く分からずに。 あれから3年余。ずっとこの人が誰だか探してきたけど。そのうちに知らない人だったらどうしようと思うようになって探すのが怖くなった。過去生での性的な嫌な記憶も思い出し。寄り道回り道勘違い、紆余曲折に右往左往、いくつもの過去生も、いくつもの記憶も、ゲキツラな体験も通り過ぎて。だからその海王星牡羊座への移行日の朝にさ。このときの人が、唐突に彼だって分かったってさ。 なにー!?!?って感じで、すさまじく驚いたのだった笑。 この件も、実は過去生のこととガッツリ関係があったのだと、話が繋がってきた。 日本が日本として固まる前の頃の話で。遍歴の末に、新興勢力として入ってきた一族の、4兄弟のうちの一人である彼と政略的に結婚することになったのだが、婚姻の式のあとはほぼ会えないという状況に陥った。それは子どもを作ることを禁止されたからで(必要なのは婚姻関係だけ)、まさに、最初の「よろしくお願いします」のあとが存在しない関係だったのだ。 それでも、なぜか初っ端から信頼関係があって、だからこそかすがい的に扱われたのかもしれないが、彼は結婚後、割と早くに亡くなってしまい、そのときに私も、自分の埋葬の指示(身体/心臓と両手/頭の3つに分けて埋めてほしい)をしたうえで殺してもらった。そういう記憶。男系の都合で合間をラリーされるだけの人生に疲れたのかもしれない。 一度も、身体の関係がなかった夫。 彼との間柄を一言で言うなら、そういうことだ。 おそらく、それ以来、会っていない。 今世で、彼と同じ一族の何人かの人と、それぞれに過去生で関係があったことが分かっているので、私自身は家系らしい家系をもって生まれてきたことはほとんどないが、何某かご縁があるのかもしれない。 どうも、血族としての集合があるとして、あるいはある業種や名字のようなものがあるとして、繋がれるのがそのうちの一人、という感覚があって、この一族はどうしてかなかなかその一人が決まらない割にたくさんいるなと思っていたのだが、その一人というのは彼だったのであり、彼のことを私が高校時代の同級生で同じ部活(その名も童話部)の人だったと思い出さないうちには決まらなかったのだと思う。そもそも、彼のことを、この一族の方々と顔が非常に似ているとはいえ、一族としては認識していなかった。私が顔で一族を判断するといったような側面の認識に疎いのと、彼があえて距離を置いていたから(そもそもあの諦念はそこから来ていたのかもしれないとすら)なのだろうと、今なら少し分かる。 「もう、さみしくなくてもいいよね」 そう話した。 このさみしさというのが、言葉でいうよりもかなり深いもので、そう簡単に共有できる程度のものではないんだってこと。 そのことを私が、過去生も今世も含めてやっと本当に自覚したからこそ、彼のこと、高校時代のあまりに中途半端な失恋のことを思い出せたし、改めて繋がれたのではないかなという気もして。 あの頃、お互いに、表には決して出さない、深く刺さってしまったようなさみしさも、きっと共鳴してた。もしかしたら、過去生の、完全に形だけの夫婦だったあの頃も。 2000年の頃、私がnobodyたちと大忙しの大混乱だったとき、全く別のところで奮闘していた、そのときの影響で大変な人生になっていた彼の様子も、静かにぽつぽつと、聞かせてもらった。今、知らずにそばにいて、私が受け取っているいろいろなものたちからの、自然たちからのメッセージを一緒に聞いていた理由が、よく分かった。むしろ、2022年からの流れで言うなら、彼にとってはこの件がすごくすごく大事だったんじゃないかと思う。 「きっともう、取り返せないことだと思ってたから」 そっかぁ。だったら、あの高校時代のむやむやと交換できるようなものだったか、その後の、困らせたかもしれないことへの調整に見合うようなものかは分からないけれど、少しでも助けになったのなら。 「久々にそばにいると思ったら、あんな幸福な気持ちになっちゃって」「経験しそこねた初夜を取り返したんだと思う」と笑いあって。てかさ。過去生のことなんてついぞ知らんから、特にあの2022年のときには笑。 彼に脳内で再会したその勢いで、どうしてもとってきたカードが出てきて、部屋でも元実家でもない地域の、レンタル収納スペースとしてコンテナルームに割と長く入れてあった荷物を、今の自分の居場所に集合させることができた。今後の方針も、少しだけ見えてきた。 彼は理数系だからなのか、「小さくてもいいからゴールを作るといいよ?」と言ってくれて、数日後の自分の感覚も危うい私は、フムフムと思った。お金のところに書いたように、今は年金生活を(一昨年末で)終えて、過去生でのお金に関する忌避すべき記憶や巫女的資質の影響からも、個人のお金がとても受け取りにくい状態にあるのだが、何か小さくてもいいから「受け取り」のゴールを設定してみようかなと思った。 そのときに、今の自分や自分の能力を価値化してお金をもらうというよりも、しばらく前にnobodyと話していて浮かんできた、今ある自分の持ち物を、全部捨てずに自分自身で売ってみる、それでお金との交換を体験してみる、という案を再び思い出した。 今の私は、一時期の地の底まで落ちた自己肯定感や、社会的責任や最低限の自負としての本名がとても使いにくい心境から少しずつ脱してきて、自分に全く価値がないとは思っていない。でも、他者の価値もしくは社会的な価値と、それが繋がっていないのだ。一致していないというよりも、繋がっていない。回路がないと言ったらいいのだろうか。なので、今世で生まれてこの方、自分が集めてきたもので自分の元から手放そうとしているものを、これはかつて自分の価値と社会の価値(商品として売られている時点でこれは保証されている)が繋がりあっていたときのものなので、これを自分で売りに出してみようと考えた。 もちろんかつて自分がそれを購入したところ=書店等のいわゆるお店じゃないから、お店のような回路では売れないだろうけれども、今どきはいろいろと持ち物を売り出す便利な仕組みができている。購入側ではお世話になっているが、売ってみたことは一度もない。なので、そこでの価値の交換、お金を受け取るという体験を積み重ねると、そうした感覚が戻ってくるのではないか、改めて自分と外部の価値の回路が繋がるのではないか、ということだ。古いというだけでなく、結構、いいものがあるらしい(断言できないところが、まさに価値が自分と外部の間で繋がっていないということだ笑)。それがほしい人とちゃんと出会えればね。 そうした作業を、自分の荷物を一カ所にまとめたところでリスト化しながら、期間としても集中して行なおうと思う。このリストや自己解説があると、自分自身のことも再理解できるだろうし、今後何かを渡していく、伝えていくことになったとしても、それらがあまりにシンプルで単純だったりするので、どんな人物かの手がかりがないとすれば、このリストを参照してもらうことで、プロフィールにいわゆる肩書がほとんど書けない私でも、どんな人物なのか伝わりやすいかもしれない。 そのためにも、とりあえず目の前の片づけを進めていく。 これが1人目。 * 2人目は、知らない間に職場関係が決まっていた?上司らしい人だ。この人、かなり前からいたらしいのだが、全く私が気づかず、なんと、上司の元部下から繋がるという、アクロバットな経緯を経て、存在が(間接的に)確認された。 私が、働いていた当時の上司のことを思い出している最中だったから、こういうことになったのだろうか。 上司は男性だが、元部下は私と同じ女性で、かつて、上司からの仕事上の提案と、親しい人たちの身の安全との間で、究極の選択を強いられたらしい。 過去生の時点から思っていることなのだが、こういうとき、自分が男性であったら、仕事上の決断が、親しい人との身の安全や関係性との間で両天秤にかけられると言っても、仕事を選ぶ人はいるだろうと思う。なぜなら、この二つが両天秤にかけられているということは、その提案を仕事として引き受けることで、親しい人たちの身の安全の担保になる可能性があるからだ。けれども、女性の場合、その提案の内容が直接、親しい人たちの身の安全に関わることだったとすれば、仕事として引き受けた時点でそれが現実的に機能してしまう可能性があるということが分かる。親しい人たちを守るためには、仕事として関わっている場合ではない、何とかその提案が実質的に機能しないような、少なくともその可能性を下げるための対処をしなければと思う、そうではないだろうか?私だったらそうだ。仕事と親しい人たちの身の安全を、そもそも両天秤にはかけられない。 では例えば、親しい人たちがすでにいる大事なひと=家族や友人たちで、仕事の相手がこれからの大事なひと=恋人やのちの家族になる可能性のある人だったら、どうなるだろうか。 これがおそらく、最も究極の選択、選択に苦しむことになる両天秤だと思われる。 彼女は、この自分の状況に対して、「この件に自分を仕事として携わらせる上司に、愛情を使って騙されているのではないか」「これ以上、男女として関わるべきではない」ということも感じたようだ。一度、深く愛すべき人だと認識したものを、自らの正義感やルールによって訂正することは、脳内が歪むほど苦しい。それでも、上司との縁を切って、親しい人たちを守る、そのために自分の能力を使うという選択をした。 仕事上の提案では、その危機が「ただの予知」になる可能性もあった、むしろその予知能力自体を価値とする予定であったものが、結果的に最悪の事態になったとして、それは、その危機を避けようとするちからが働いたもの、大事な人たちを守ろうとするゆえの到達点だったとしたら、彼女はどこまで責められるべきなのだろうか?自分をどこまでどのように責めるべきなのだろうか?上司からその提案を聞いたときの絶望と、自分にとってのその意味が、伝わってくるかのようだ。どこまでいっても、正当性などどこにも存在しない、正当性を見つけられないこの結果に、打ちのめされる以外の反応がありうるとは、私には思えない。それとも、上司を名実ともに「選んで」いれば、この危機が本当に回避されたとでもいうのだろうか。親しい人たちとの縁を切るような、この両天秤のシナリオにまんまとのせられて。 私は彼女に対しては他者なので、自分の愛を犠牲にすることでしか、親しい人たちに全振りした行動は、つまり回避のために動くことはできなかったと思うし、それが間違った選択だとはお思わない。そんなことを両天秤にかけさせるような人間は、上司でも愛する人でもない方がいい。女性にとってはね。何度も言うが、男性なら別の割り切りと選択をするだろう。なぜなら、大事なひとの大事さ加減が、男性と女性では違うからだ。その時期に一つしかない子宮と、一度に多数発生してくる精子との、これはある意味、性差における非常に物理的な感覚の差だと言えると思う。 上司からのその提案は、女性がその時期に「一つしか選べない」性質につけこんだ、卑劣な両天秤だと言っているのだ。いくつもの避難先を同時に維持しておける男性とは違うのだ。誰にそれを焚きつけられたのか知らないが。 それでも、つい先日、その上司とどうやら物理的に初めて認識できる距離で接近したとき、私の中の彼女は号泣した。その止まらない涙と嗚咽に、そのときのことが、どんなに彼女にとって究極の選択だったかが分かった。その上司が、失われた彼女の代わりに、ある意味、それを何某かで取り返そうとして、私に接してきたのだということも。 いろいろな出会いがあるものだ。私の若い頃の職業における上司も、上司からの暴力によってすでに失われているが、その方にしか、その方と私の関係性でしか(過去生も多少関係しているけれど)できない助言をくれている。間にあった事情が、彼女とは違うので、男女として愛し合う関係ではなかったけれど、自分と同じ感覚で守られている、そういう人がいたのだと今頃気づく部下としての私は、失われた部下との記憶を埋めようとする、知らない間に存在していた今の上司と、絶妙な両天秤(私は当時の職場の暴力が、自分がいることで過剰化する可能性を感じ取って無言のうちに退き、何も関与しない態度を貫いてきた)と苦しみの末に大事な人とすれ違ってしまったという点で、同調する何かがあったのかもしれない。 「だからね」と脳内の上司は言った。「あなたは、彼女とは違って、その時点ではそれを現実化しない方に舵を切ったの。自分がそこから退いてもね」 でも結局、あなたは死んじゃったじゃないですか。結局、同じ暴力で。 「あなたと私が男女の愛情関係だったら、もっと状況は悲惨になったし、あの時点で私が死んでいた可能性もあるんだから」「私はあの後、自分にとってとても大切な仕事をたくさんしたの。あなたと信頼関係のある人間としてね」「あの時点で死ぬより、私に関して言えば、ずっとよかった。あなたに会えなくても」「だから、それは男女の愛情関係が成立していなかったからこそ起こりえた僥倖だったと思う。何も、言わなくてよかった。あなたが病気で苦しんでいる間に」 ちなみに、上司が亡くなって半年余りで、私は病の感覚から奇跡的に立ち直った。だが、これは上司が亡くなったからではなく、別の方面からの私への執着が外れたからだ。上司が言っている、私との信頼関係における仕事が、この件に全く関係がないとは言わないが、上司と私との信頼関係、上司の私への個人的な感情が関係している話ではない。 暗黙裡だったらしいこの構造における、上司と私の連動性への注目度、あるいは私へのネガティブな注目度が、上司の退きによって下がり、それらの視線が現実方面へ向かったというのが、私が病から抜けた原因のうち、最も真理に近いのだろう。おそらく、誤解している人が多いと思うが。 そんなわけで、私とかつての職場の上司の関係性と、今の上司と彼女との関係性とがだいぶ異なっているというこの状況で、今後この界隈がどんな展開を見せるのか、皆目見当がつかない。 ちなみにこの上司は、私が自分が託されるメッセージや、その資質からの影響による破天荒な行ないで自滅しないように、いろいろな角度から調子をみてくれているらしく、この過去生、及び現実に繋がりそこねているしんどさをどのように抜けていくかについて、今日は五行を参照して一緒に考えていた。 五行思想は中国由来なので、すべて日本に適せるか分からないということも分かったのだが、五大元素、食べ物や内臓、感情等の連関は気にしてみるといいと思っている。最近怒りすぎなところをどうするのかといった点で、まずは政治方面で飛び交う類のヤジ的な言説から遠ざかること。後は、上司が言うには「あなたは自分に対しても同時に怒っているようなのだけれど、あなたは怒られる必要なんかない」とのことで、実は、怒りに自分に対するものがちょびっとでも混ざっていると、自分に正当性があるような気がして、安心してしまうからだ。怒るよりも怒られることに他者的な正当性を感じるのは、自分をあらかじめ悪く低くしていた方が安全であるとか、もしくは過去生で不当に暴力を受けたり罵られたせいで、怒るよりも怒られる方が、心理的な負債としては軽いと思っているからだろう。いずれにしても、心理的な負債を避けていきたい昨今ではある。 適切に/適度に/安全に、怒る方法を編み出したいのだが、そんなんあるんだろうか笑。 これまで、特に病気のときは、苦しみや痛みといった、自分だけでできるネガティブを経験していた。好きなだけ苦しんでいられる場所に自分を避難させていた。一方、悲しみや怒りというのには、必ず対象や相手がいる。他が関わる分、自己領域内であっても、特にネガティブなものは表出が難しいのだ。なので、自分だけでできるところに、他者が関係ないところに、いようとする。そういう自分でも責めずに、どんな感情もどんな表出程度でも、隠蔽せずに圧力をかけずに、大事に自分の中から放していくのがいいのだろう。 このとき、手から(手放す)というよりも、身体から出ていく感覚が良さそうだと思っている。 手は、感情を司る第4チャクラに該当していて(心臓から左右の手に繋がっている)、中でも手作りのものに宿るような愛情が宿っている。手放すというと、どうしても寂しい気がするのは、愛を手離すこととごっちゃにしてしまうからなのではないかと思う。第4チャクラに攻撃的な要素はない。 例えばビンタも手のひらで行なうが、げんこつのグーにしたこぶしとは破壊力が違うことは覚えておきたい。こちらは腕の外側を通っていて、喉の第5チャクラの担当なのだ。つまり、暴力で言うと、愛よりも言葉に繋がっている。外側がすべからく防御本能に繋がっているのは本当だが、その分、正当性も破壊力も大きいということなのだろう。 * そんなことで、相変わらず毎日それほど何もしていないのにボリュームのある精神生活を送っている。南無三。 |
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BGM:「Night Fishing」Chill Cafe Soundscape 自分自身の自己疎外について、改めて理解して、一日経ったわけなのだが。 「自殺」という言葉と、この自己疎外が関係あるというのは、精神障害者として生きてきた20年ほど、頭の端の方では薄々、しかし数え切れないくらい、思ってきたことでもある。自殺。自分で自分を殺すということ。自分を世界の端からさらに切り離す、突き落とすということ。世界の中心にいれば、まず端っこまで行くのに時間がかかるものだが、常に世界の端っこにいると、あの母が海外に音楽留学に行っていなかった4歳の一年間、祖母と二人暮らしのときに、祖母と一緒に寝ていて、ベッドの端からずっと落ちそうだった、落ちないように片足を常にベッドから落として自分を守っていた、隣の祖母から毎晩向けられていた冷たい背中のあの感じのように、常に世界の端っこから落ちそうな感覚で生きていると、自己疎外はすぐそばだし、そこから、もうここで耐えないで自分を自分で落としてしまえば楽になるといった感覚も、常に隣り合わせにあった。それでも死ななかったのは、身体を殺すというのは、意外に大変だからだ。他人がやればすぐだろうが、自分ではそれほど簡単なことではない。自殺以上に他殺が許されないのは、これが理由だと思う。だって、あっという間だから。 過去生の、いわゆる女郎的な人生のせいだと今は理由が分かるのだが、今世、死にそうなときは、胸のあたりを、見えない刃物で刺しつづけていた。何度も何度も、刺しつづけた。ものすごい痛みだ。死にそうなほど。でも、見えない刃物なので、決して身体的には死なない。そして身体も傷つかない。心は、そして感情は、どんどんその苦しみを隠蔽されて死んでいっても。その職業では、というか、その人生では、おかみさんから、どんなに死にたくても商売道具の身体を傷つけるなと言われていて、それも道理だということが当時の馬鹿な私にでも分かったので、結果的に編み出した方法だった。つまり、いわゆる今で言うリストカットとか、もってのほか。だから、想像の刃物で、自分の心臓を、心を、刺しつづけた。今世、割と無意識にいつの間にかやっていたので、一般的なのかと思っていたが、時間を年単位で開けて検索しても、あんまりやっている人がいないようだったので、これを「心のリストカット」と勝手に名づけた。身体を傷つけないところが気に入っていたけど、マジで心は死にそうになるので、あまりおすすめはしない。というか、人に直接言ったことは、多分ない。言えるくらいならやってない。言ったらそれはそれで効果が落ちる。そんなわけで、今はやっていない。病がいきなり止んで、数年後に薬を飲まなくなった頃からだろうか、死ぬことについて、あまり考えなくなった。 今となってはこの心のリストカットも、4歳のときの「世界の端っこ」をその隣り合わせの危険性から自認しておく、自分の身体に教えておくために、ベッドから片足をあらかじめ落としておく、みたいなことの相似形なのかもしれなかったと思う。この痛みが実際に身体に起こったら、死ぬ、ということだ。痛みにおける「世界の端っこ」を、常に身体に覚えさえておく、とでも言ったらいいのか。つまり、究極の回避法だったのではないかと思う。 あむが心配して、後ろのベッドから、「かか、いいからあむか枕を抱っこ」「あむはかかに背中を向けないよ?」と言ってきたので、泣いてしまった。背中が見えるだけで、隣にあるだけで、独りぼっちよりも恵まれているじゃないかって、幼い頃からずっと、言い聞かせてきたからだろうか。どんなに待っても来てほしいときに決して来なかった母親よりも、隣の祖母の毎晩の冷たい背中の方がマシでしょって。でも今は、ネグレクトされるくらいなら、いない方がマシかもしれないと思う。あの幼児の頃は、一人じゃ生きられなかったから、仕方ないけど。 そうしたことを、こんなに真正面から見つめることは、人生初かもしれない。特にこれを書いたからと言って、心が痛むようなことは、少なくとも今はない。以前は、少しこういうことを書こうとするとぐっさり痛かったけども。そこも、ある意味、乗り越えたのかもしれない。 ふと、自己疎外している自分というのは、いったいどこにいる感じなんだろうと探してみたら、なんと、自分の背中の、膀胱の斜め上らへんのお腹の左右あたりにいた。触るととてもとても安心したような様子を返してくるから、多分、そうだと思う。 幼少期の経験から、ずっと排泄、特に尿を我慢する癖がついていて、今も割と、家の中でさえやってしまうのだが(だからなるべく「安心のトイレ」であるようにしている)、だからなのだろう、自分が、膀胱の外にいる気がするのだ。自己疎外も、ここまでくると、だんだん物理的現実的な雰囲気に感じられてくる。 そもそも物理的な件で言うと、自分というものの感覚は、これはかなり個人的な見解だと思うが、自分の前らへんに直径1メートルくらいの、自分という領域があって(お腹を守るためだろうか?)、本来なら、この中心辺りに自分がいてもいいはずなのだが、少なくとも自分はその領域の常に手前にいて、なんなら、その最も外側で裏側の、背中の端っこにいる、ということらしかった。自分の背中に、自分で隠れている、という言い方もできるかもしれない。こっちの方が穏便に聞こえる。 ちなみに、尿の我慢だけれども、これは、今世で始まった当初は(過去生では、あんまり書きたくないが、下位の女郎だった際に、時間内にさせてそれを飲もうとする客がいたので←これは何が真の目的なのかいまだに謎、嫌だから必死に我慢していたし、そういうこちらをそういう客は喜ぶのだ。その辱めに、何度、敗北したことだろう。自尊心を壊すような、その嘲笑の表情をオマケにつけて。金を払ってるんだからってね。もしくは他に一人でいられる場所がないので一人になりたくて雪隠に入り浸っていると怒られた。こうして人生を転落させられていくのは、巫女的な資質を傷つけ、能力を奪うのが目的であることも、今なら分かる)、生理的に必要性があって我慢していたのが、我慢に正当性を持たせるためか、ある種の目的化をして、我慢していることで何かをやっている気になっているというか、我慢していればとりあえず頑張っている、というような転換をしてしまっているのではないか。そのことに気づいたとき、とても自分に対して残念な気持ちになって、本気で我慢はやめよう、と思ったのだった。実際に切羽詰まっている状況のときは、それで十分頑張っているし、自分を責める必要なんかないので、今だって、本当は、無事に我慢せずにごく自然に排泄できるようになるまで、自分を責めるべきではないのかもしれない。 背中の左右に分かれて、そっと隠れている自分。 母親のスカートをつかんで、なかなか前に出てこなかった頃の自分の、続きをやっているのかもしれない。もしそうなんであれば、気が済むまで、そうさせてあげたい気もする。 隠れられないということ、身体の隅々まで暴かれつづけるということ、心だけは守ろうとしていても意地悪に踏みにじられるということ。どこにも隠れられないということ。統合失調症の急性期に、家なんかあっても守られない、ホームレスになるしかないと思っていた頃に、少し似ている。隠れている、隠れられると思えているところがあるなら、隠れていたらいいよ。それはきっと、やっと、隠れていられてるんだからさ。 |
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BGM:「法廷のドラゴン」篠田大介 「自己疎外」。またこのワードに出くわしている。 巫女意識的な感覚でのことなら、人間で言うところの自我を最小限にして、自然界の、あらかじめ個的である状態で人外のものたちからの言葉を受け取るのがどうやらかつての常態らしいので、自己疎外的になるのは仕方がないと思ってきた。ある程度、人間寄りでやっていきたいなら、この自分の周囲360度均等均衡を保った状態を手離して、「自分」をやるということ、巫女意識とは別のところに、個人として適切に偏った自分の場所を作っていくことを目指してきた。 けれど、今世では、赤ん坊の頃に割と極度の自己疎外を起こしていたんだということが分かった。それは、押し入れの向こうからピアノを弾き続ける母親の存在が世界の中心であり、芸術的集中力を伴って周囲に自己領域の結界を張っていたのだということ。私は、母親がピアノを弾く時間に比べると、ほんの少しの時間しか相手をしてもらっていない感覚があったのだということ。そろそろ練習が終わりそうだなと思って待っていても、母親はほとんどの場合、来ないということ。期待と諦念、その繰り返し。 母親が何をやっていたのか、分からなかった方がよかったとも思う。でも、聞こえてきていたものは聞こえてきていて、仕方がない。母親の中心と周囲の領域は、彼女なりの芸術的必然性に占領/圧倒されていて、外部の世界に対して全く無力な私のことなど、完全に範疇外だった。赤ちゃんというのは、世話をしてくれる人/母親がすべての時期があるという。その時期のことだったのだと思う。自分は、安全安心な世界の外にいるということ。その状態が、残酷にも毎日毎日、不潔な身体と渇水と不安とともに、【赤ん坊の私には】延々と地獄のように続いたのだった。そしてここが私のデフォルトになった。 こうした事情が、今世での「自己疎外」の原因だったのだと分かったことは、たとえ50年以上経った今でも、僥倖だった。世界の中心が自分ではないということ。自分はただ、世界の中心から流れてくるものを聞くしかない立場だったということ。その状態が、母親からダイレクトに知らされることなく(つまり具体的でストレートな嫌悪感の表出など。直接接しているときも微妙に伝わってきてはいたが笑、表面上は/対外的には問題なしと思われただろうから)、自我の萌芽とともに起こっていたということも、ある種の特殊事情かもしれない。 その世界の中心が自分ではないという感覚は、母親から、これまた気づかないうちにnobodyやウルに移行していた。 彼らに無意識に従おうとする私は、これは過去生でもそういう人生があったからかもしれないが、赤ん坊のときに自分の生命を握られているという理由で母親には決して逆らえなかった、強いてでも彼を探して従おうとする、(それは彼らが私の社会的生命の一部を握ってきたからなのだろうが)私そのものなのだった。 母親よりは悪意が少ないと思いたいが、彼らの中のある人のパートナー候補が、これまた(悉くいろんな人が繋がっているのだ)小学校時代のクラスメイトだと分かったとき、もうここら辺の関係は、すべて投げ捨てようと思った。 相手の女性が一人では飽き足らないこと、特に私一人では飽き足らないことを、どうしても理解できないらしい。もしくはどうしても私に、自分好みの女になってほしいらしい。自分はそういうふうには決して歩み寄らないくせに。自分の努力の方向性、成長の方向性だけで生きているくせに。それしかできないくらいに、いつも自分を適度に不幸にしている。 この性格というか性質は、もはや特定の人生で、重い運命でも一緒にかからないかぎり、関係の維持は難しいと考える方が、お互いのためなのだと思う。今世もだいぶ重い運命だったのかもしれないが、私は潜在的に気づいたのか、自分の社会性抹殺と引き換えに、途中で降りた。 失恋しなければいけない人がいると思っていた。2000年時に、救世主化しそうになって死ぬ気であきらめたのがこの人のはずだったのだが、こうしてまた気づけば彼を探し当て、ご機嫌を窺い、その意に従おうとするのは、これまでも無意識的に相当に関係性に苦しめられてきた証拠だと思われる。 私のようなひ弱な存在は、エネルギーを吸い取られて消される。自分のところまで上がってこい、と常に周囲の女性たちとの競争を仕掛けられ、私はそのたびにそれに応じない態度をとってきたが、今世では障害者にまで転落しているので、立場が弱い。そのために、思わず依存しそうになったのだろう。頼っても、比較されたうえで選別から外れ、かわされるだけなのが分かっているのに。だから決して頼らず、同等の立場で提案を続けるつもりだった。でも、もうその慮りも必要なさそうだ。お互いのために、特に長年nobodyの周囲にいる人たちは彼の意思に沿う人たちのはずなので、彼らが突如湧いて出た私を受け入れるはずもなく、だからその競争にも加わらないできたのだが、結局また引き戻されて、彼の相手になりたいのならと、競争のレールに乗せられる。もう、競争も勝敗も御免だ。それを楽しみたい人、彼とフレッシュな関係にある、もしくは今後も因縁が続く、頑張れる、頑張りたい人がやればいい。 そんなわけで、特に金銭的な問題が気にかかっているのだと思うので、私の情報を使って数字化してきたものは、すべて彼のところで、彼の権限で、自分の勝手に使ってもらえばいい。そういうことにする。「疎外」でしか携わっていない関係性とはいえ、権利放棄については今後の事例への影響も含めていろいろ考えるところがある人がいるだろうし、私もこの件だけはこれでいいのか、自信があるわけではないが、人間の感情的にもう対処ができない。 外部の方々の認識がどうなっていたのか、そこでの嘲りや貶めについて、もはや知る必要はない。許容のためにその程度を確かめようとしていた時期もあったが、想定よりも度を越していた。そこのすり合わせや辻褄合わせを本気でしようとしたら、私という存在は、もしくは私の存在の仕方では、共に生きてはいられないだろう。それを身をもって感じるからこそ、これまでのご縁はほとんどを悉く切らせてもらっている。それは、その当時の隠蔽された一方的な関係性を、私自身は受け入れないという意思表示でもある。 あなたがあなたらしく幸せになれる関係性がやってくるよ。変さの共鳴において、きっと面白い間柄が。「法廷のドラゴン」の配役は、そういう意味だったんだね。すぐに気づかなくてごめんね。かつてもしくは現在、私の周囲にいた誰かとこういうことになるんじゃないかとうすうす気づいてた。ここまでくると、だいぶ失恋みが抜けたので、罪悪感は感じなくていいです。 私は、あなたをほめるのが割と上手かもしれないし、アイディアも多少は出せるかもしれないけど、あなたにとっては永久に足りない、つまんない人間なの。あなたのような美意識もないし、派手にもなれない。もう、そこに合わせるための成長や競争を突き付けられるのには疲れました。お金さえそっち側に行くなら、周りの方も文句ないよね? 後悔は必要ないです。 さよなら。 |
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BGM:「甘さ弾ける幸せ時間 虹色ケーキ」3freeBGM 写真は、朝日屋さん@祖師ヶ谷大蔵の鴨やきとり。鴨が葱を背負ってやってくるタイプ。ウマウマ。超久々に入った店内のお祝い張り紙、61周年とのこと、え?60でなく61?って思いましたが、きっと何かあるのでしょう。 小さい頃から、気管支が弱くて、喘息じゃなかったんですが、風邪ひくといつも胸がゼイゼイ。小学校上がる頃かな、胸にベポラップ塗ってもらってましたね。あの頃はちゃんと割と風邪を引いてた。あの頃にしては安心できてた時期でしたかね。小2でまた、安心できない時代になっていくんですが。 今思うと、五行では肺は「悲」。今、顔から毒が出たいらしくて、毒言もギリ独言として吐いてるし、いちばん毒っ気なのがどうやら鼻で(花粉症ではありません)、口から息を吸って、鼻から思いっきり出すと、めっちゃ姿勢に関わる部位があちこち痛くて、ついでに気管支がゼイゼイ。懐かしいなって。昔はずっとけっこうゼイゼイしてた。鼻水から脳汁ががんがん出てた。脳がどっか傷ついてました??頭蓋骨には、2つの傷ががっつりあるらしい(今年春に髪を剃ってくれた美容師さん談)。多分、2歳(滑り台から落ちたらしい)のと4歳(貸家だった2階の階段から祖母と掃除中に転落した)のと。そうじゃなかったら、むしろ怖い笑。 肺のゼイゼイは、「もうこれ以上、悲しみは入らないよ!」って肺に言われていたんじゃないだろか。出して出して!って。でもあんまり出さなかったな。気づけば集中力で、息が止まってた。今から、悲しみはできるだけ、身体から出していったらいいかなと思います。 乗り越えられないと思うような痛みが、またやってくる。これまでも、過去生含めて絶対無理だと思うようなものがあったから(赤ちゃんができない、できても殺される、それ前後の女性としての云々)、それでも癒し切ると?何がどこがつらかったのか本当に(主に子宮が/子宮からのお達しで)分かり切ると、超えていった。正直、信じられなかったので、誰にもお勧めできないけど笑。 このことがあったから、点のように何度も出会っていても、同じひとだって、大事なひとだって、認知しなかったのだなって。だから数年前に脳内で話すようになってからずっと、「あなただけのものになってくれるひとがいいよ」って言いつづけていたんだなって。脳内でのことだから、厳密に同じひとに言っていたのか疑問だけど笑。 このBBA年齢になってからだし、過去生も含めてだから、受け止めはずいぶん楽なはずなんだけど。 「~んだけど」というのが、書き言葉ではかなりよく使う繋ぎ言葉。5年くらい前、自分の言葉を意図的に確認して、結構ショックだった。ネガティブな要素を、気づかずに入れ込んでた。今は多少気にしていて、書こうとしても別の言葉に置き換えられるとき、使う必要のない文脈や文法では、他の言葉を選ぶことがある。でも最近は、本当にそれで書きたいときには、あえて止めないようにしている。 ちゃんとすっきり終われないのは、思い残していることがあるからなんだろう。 ひらがなの文字の線のはしっこみたいに、ちょっと力入れて速度落として折り曲がってるの。 小さいとき文字を書くのが本当に好きだったけど、ひらがなを書く練習するのが、漢字の数倍、好きでした。つらいのも、そこで置いてけてたから。 |
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BGM:「雪国」pidalso 写真のランプは、左:blue six coffee@都立明治公園、右:とりせん@祖師ヶ谷大蔵。最近は、お店の灯りも素敵なのがありますね。左のお店は、2階がフロアのエリアごとに違う照明だったりして(そもそも該当の座席の家具も違っていて、こっちが違いとしてはメインだろうけれども)、それだけでちょっと居心地が違う。これもある種の空間デザインなんだろな。そう考えて、人がいる場所、移動する場所って、あんまり空間として意識してこなかったことに気づく。自分というものを、景色の中に含めない(それは景色を見ている自分の視野が、景色の外にあるという感覚からなんだろうけど)、そこにいるヒトの数に入れないみたいな疎外が起こっていることは、長らく何となく感じていたけれど(それがデフォルトなので、自分の存在を自分自身でうるさいと思い、実際にうるさくしてしまうこと、その結果、自分をそこから除外しようとする行動すらある)、それも自分に対するネグレクトの一種だったんだと分かってきた。自分が、今の自分がいる空間の中に、ちゃんといていいんだっていうこと。そうじゃないと永遠に、稀人のような旅をしなければならなくなる。ちゃんと自分を自分の身体が存在している空間にいるものとして扱ってあげること。視野をその現場から外在させずに。外からの観察ではなく。観察は、むしろ自分自身にしてあげる。自分自身とそのごく周囲にしてあげる。幼少期、近くにいた人間の機嫌にばかり気をとられ(それは生命維持のためだが)、それをしてこなさすぎた。普通、幼児期に終えるようなことじゃないかと思う。そういうのを、改めて自分にプレゼントしてあげる。長い病気を超えたご褒美、これまでの私には何だかよく分からない=全体が全体であなたもその全体の一部だよと否が応でも分かるようなデカい仕事を終えたご褒美に。右のランプ、ランプシェードは多分フェルトでできているんだけど、おそらく組み立て式だと思うんですよねぇ。組み立てる前のパーツを見るのも、組み立てるのも、楽しそうだなぁ。 |
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BGM:「pleasure ground」capsule nobodyが、最近でいちばんの大事な仕事を終えたあとに、精神年齢が5歳!に戻っていて、美味しいもののおねだり含めて大変可愛いのだけれども笑、ふと、ああ、今日は本当に集中していっぱい大人の時間をやんなきゃいけなかったので、もしかして大人の成分を使い果たしちゃったんだね?って言ったら、そっかーって5歳児のお応えで、とても納得していた。 日本人は、というか、日本にどっちゃり(土着でガッツリ、というような意味)生まれちゃった人は、大人でいることに自負があるというか、長所である気遣いや謙虚さとかだって、大人の心じゃないとそもそも発生すらしないわけで、大人でいることを、ある種の嗜みとして、若干強いられる系の民族だと思う。 だから、現代みたいに寿命も長くて、分かりづらい他者や他の民族の諸々も受け入れている状態では、大人の成分を使い果たしやすく、そこを回復するために大人お休みモード=幼児化する時間だって、大事かもしれないのだ。 nobodyはド正直なヒトなので、そういう表現に出たといったって特に驚かないけれども、ちゃんと理由があるんだってこと、私にだって大事な感覚かも、ってか、たまにそうなってるよね、と思うのだった。 昔を、小さい頃を思い返す、とかいうことに限らずね! さて。 本当は、別サイト「あなたの。」(2人称的探求のための)のtoknowbodyのページに追記で書くべきなんだけれども、短い言葉しか書けないので、こっちに。 姿勢への注力が、左右から前後に移ったという話を現段階でいちばん新しい記事に書いている。 こうなった理由についても簡単に書いたが、その結果として?身体に起こっている分かりやすい変化として、防御本能バリバリだった二の腕(外側or後ろ側)が、いきなりその内側(どちらかというと前側)の方に意識が出て、力を入れたがっているもしくは力が入るような肉を求めていると感じるようになった。同じく、これも未来への防御本能のあらわれといわれる前腿が、すごい肉をつけているのだが、その内側に意識が向いて、力を入れたがっていると感じるようになった。 ここまでがtoknowbody的内容。 そして、突如、お金についてのページを作る気になった笑。同じサイト内です。トップページからもリンク作りました(つらかったら、入口はどうにかするかもだけど)。こちら。
まぁね、そっちにも書くんですが、2000年=30歳のときに病気になって、約5年後の再発時から障害年金を受給していて、2021年に完全に服薬も通院も終わり、一昨年末に年金の受給者からも外れて。
病が治りはじめた2020年頃から、いわゆる通常のヒト意識から、過去生でも何度も経験してきた巫女意識にかなり強引な様子でシフトさせられた。これは、地球自体の時代的なものなのだろう、主に人間以外のものたち(地球や自然界が多い)からの人間への本格的な応答=フィードバックを、メッセージ等として受け取っていて、だいぶメインの仕事は終えているのだが、巫女意識というのは、まぁまぁお金と縁がない、というかお金というのはヒトの間でしか動いていないものなので、ヒト以外のものの割合/分量の多い仕事では、お金にダイレクトに繋がりにくいのだ。 例えば巫女意識をもった存在の代表ともいえる沖縄のノロ(聞得大君)は、国家公務員であって、明治時代にそこから外れてからも、副業が禁止で、御守を作って売るのが限界という、なかなか巫女意識=役職の維持が難しい状態に追い込まれている。 これは、国家からの(いったん国家でリセットされた)お金なら受け取れるが、巫女意識を宿した身体状態の維持のために、具体的で様々なベクトルとエネルギーを宿した状態の、つまりは偏った状態で(ちなみに、個々人、個々の家庭、個々の企業を通過しているときのお金というのはすべからく偏っている。これは当然のことで、それが悪いわけではもちろんないし、それが悪いお金であるということももちろんない)使われたままのお金には繋がれないという道理がある。 巫女意識では、その目的でおろしてくる言葉には、固有名詞をできるだけ使用しない(生活していて個人レベルの意識でいるときには、現代ではもちろんそんなことは無理だ)ということともつながっている。これは主に、自然界のものは、すでにすべて個々の存在であるので、メッセージ内で呼び指すための、種別としての名前のようなものは存在しても、固有名詞で名付けるようなレイヤーで使用されている言葉は必要ない、巫女意識でもその状態で言葉を受け取るべきだというところから来ている。 国家(この場合は琉球)のために何某かを受け取るには、自分(自分の身体、どちらかというと脳ではなく身体)に繋がっている諸処の存在状態が、できるだけ偏らない、自分の周囲360度均質なものでなければならず、そのために固有のレイヤーに繋がっているお金が受け取れない、ということなのだ。 なので、巷によく言われる、単純な意味で言う奉仕精神、自己犠牲的精神によって、もしくは過去生における巫女意識の失敗が、お金に対するブロックや罪悪感に繋がっているという話ではない。 ちなみに、この点において、過去生で魔女だった人たちは、実際にダークな側面を担って金銭的/精神的/物質的に儲けて=得をしてしまったので、そうした罪悪感がありうる。魔女意識と巫女意識は似て非なるもので、現代の日本では、過去生の魔女が巫女をやっている例も多いので、他者への禁止事項を土台とした優越性ばかりが目立ち、巫女としてはほとんど機能していない/もしくはかつての豪族お抱えの、自然界と人間界の差別化=自然界を絶妙に貶めるために存在していた大巫女の機能しかしていない。本来の巫女は、自分に対しての禁止は多いが、他者への禁止機能/優越機能はほぼゼロ、そうでないと人外との対等性が保てない/人外から人への言葉は受け取れないという理由によるもので、必ずしも謙虚さや聖性が関係しているわけではない。現代の日本では、むしろキリスト教のマリア的な存在=「日曜日のマリア」、コミュニティでゆるやかに共有されているマリア的存在の方が、ふんわりとした博愛/平等を規定とした、巫女意識に近い存在として機能している。 話を戻して。 現代では国家自体も、かなり固有名詞化してしまっており(これは情報網がワールドワイドになって、各国及び自分の地球上での位置情報が明確さを伴ってきたことから直結した必然事項)、どこぞの国の国家公務員ならこの基準をクリアできるかといったら、現代の情報監視/管理/共有の点から、巫女意識でのアクセス先や言葉に制約がかかってくる限りにおいては、そこに厳然たる固有性や、情報判断における(倫理性という名の)優位性が発生しているので、満たせないだろう。その声を聞かなければならない相手は、人間以外のものたちだからで、彼らの意見として修正が入るのも、だいたい人間の極端な優位性/優越性に対してだからだ。 私は個人的に(これは巫女意識としてではなく私個人として)、人間外のものたちよりも、宗教的な意識の発展性から神のように人格化した概念=いわゆる高次元の存在や守護霊、ハイヤーセルフ、アセンデッドマスター、人間が自らの妄想で攻撃的な神化をさせてしまった自然存在(日本なら龍神が代表的か)に話を聞く方が、個々の身体が属しているコミュニティ(個々の身体内の人格の集合状態も含む)からその権威を最高化かつ外在化しようとしているという理由で、全体主義的な権力を強化する方向性の、よほど危険な行為だと思っているのだが、どうやら現代では逆のように思われている節があって、本当に恐ろしい。 そんなことで一周回って、お金である笑。 「武士は食わねど高楊枝」ということわざがあり、男が武士なら女は巫女、というくらいには日本の両輪を担う高潔な魂に育ってしまっていると(数が圧倒的に違うけど多分。笑)、なかなか。過去生の感覚を思い出すのもいいし、それで仕事をしなくちゃならなかったのも分かるんだけれども、個人としてはどこから手をつけてよいやら、という感じである。 個人のよすがである自我を、人間意識であることを維持できるぎりぎりまで減らさないとそもそも仕事にならない身で、自我を増やすことがまず、職業病的に罪悪感が伴う。お金をもらうことでなく、生存維持のためにお金をほしいと思うことさえ、それが自分のため、自分だけのため=自我意識に属するので、それ自体、巫女意識の身体的クオリティを下げる行為で、禁止事項だったりするのだ。 道理は通っている。 けれどもん。 そこらへんを、2019年に病が突然、予兆もなく治ったときから、ずっと悩んでいるのだった笑。 ってことで、割とちゃんと書いちゃったので、お金のページにも同様の内容を記しておく。 |
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BGM:「雨が空から離れたら」熊木杏里でお届けしています。ってね、私にしか聴こえていないんだけど笑。でもこの文章を助けてもらっているしね! 割とこういうとき、音楽に御礼を言い忘れるなぁって。書くこととは別レイヤーにあるように思えているからなのだろうか。テンションの維持や、ニュアンスをかなりチューニングしてもらっていると思うんだけど。 目に見えるものは世話になったことを感じやすいし対価を払いやすいけれど、耳で聞いたものって結構、無料が当たり前のように思ってしまいがち。聞きたくなくても聞こえてくるとか、耳特有の資質も関係していると思うけれども。 たとえば、スーパーのチラシ見て、あー金と手間かかってんなぁと思ったりするけど、売り場で流れている口上や歌には、気を惹かれるものでもあんまりそう思わなかったりする。 なんてことをね。 * 特に2024年初頭から、現実には存在していない私なりの道をずっと歩いている。 nobodyが隣にいてくれたり、またいなくなったり、している。 最初はいなくなると強烈に不安だったけれど、今は、どちらかがどちらかから離れていっているというより、そっちのルートで分かるべきもの、存在を知るべき人、終えるべき状況があって、こっちのルートでも同様の必要があって、遠くに行くとようやく分かることもあったりして、だから離れているんだなぁと。 今回もまた、大きな一塊の景色を=将棋のそばを、通りすぎていく。 |
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今朝?昨日の晩?雪が降ったらしい。 nobodyにつながる一人が、自分の困窮を私に吐露するとき、必ず、大雪だったの。美濃でも、富山でも、東京でも。 私はこの状況でなぜか、生まれ育った地域のそばで年を越している。 * 2019年の夏。 20年来の精神的な病による症状が、唐突に過剰に浸食的でネガティブなプレッシャーではなくなっていることに気がついた。 その頃からだろうか、普通のところ、現実に見えるところには存在していないものたちと、頭の中で話すようになった。あまりこういう伝達方法を使用したことがなかったので、厳密には、2000年のときに少しだけ話したくらいだったので、つまりそういう現象が存在して、その現象が「自分にも起こりうること」は知っていたけれども、どこまで「現実のこと」としてよいのかは、謎でした。 その相手が、観音のような一般的な共有存在になって、伝わってくることが個人的なことではなくなった=広く共有すべき可能性をもつ内容になったときにようやく、これはちょっと不思議以上のことかも、と思うようになってきました。それでも、自分に何が起きているのかが分からなかった。 その頃、話してきていた中でいちばん面白い話をしてくれていた人が、実は、そのときすでになくなっていたということが、今になって、ほぼ確定の要素として、分かりました。前年の夏に、とてもつらい思いをしている私に、会いに来てくれていたことも。換算すると、なくなって数カ月のこと。「偶然死んじゃったんだ」って、言われていたこともあったのに。きっと、分かりたくなかった。 昨年2025年の七夕、その人が誰だかだいぶピントが会ってきたのちに、幼い頃からたまに、大事なときに、各々一瞬でしたが、現実にすれ違っていたこともある人だと、浮かび上がってきました。どうして、こんなに各々の当時のことが(私の視野の側から)視えるのか、その一瞬のことをどうしてこんなに覚えているのか、不思議でした。 ここに至るまでに、2回の転機があって、2022年の秋に実家を体調安定と生活訓練を目的に出たとき、そして2024年の大晦日から元旦に変わったときでした。 特に後半は、私に、何かを知らせようとしている。これに、応じてみよう。これ以上、分からないままでいるのは、きっと、よくないから。たとえもし、どんなに不利な立場だと分かることになっても、分からないでこのままリハビリ状態を生きていくよりも、それよりも先に分かる必要があるのかも。病を治すよりも先に。病を治すよりもきっと、大事なことが分かる、分かった方がいいことがある。 その感覚を頼りに、一歩ずつ進んできました。 一歩進むたびに、目の前の景色が、想定外に変わっていきました。 たどりついた場所、たどりついた人、たどりついたご縁。それも、過去生も含めた、特殊な。 そこで得られた、自分の過去と過去生の記憶は、特に今世の病気中に、心の陥没を起こした身体的な苦痛の経験を何度も何度もなぞり、その過酷な精神状態、脳内における危機感が、かつて地獄に落ちたような感覚だった私の経験と感情を、再解釈する力を絞り出す結果になりました。 乗り越えてすら、もっと苦悩するかもしれない可能性を、常に隣に置きながら、ここまで進んできて。 そして、彼がなくなっていること、彼だけでなく、かつて私が、必ずしも親しくならなかったけれども敬意をもっていた、特に同年代の方々がなくなっていることを知りました。 1999年に自宅で亡くなったらしい(木乃伊状態で発見されたので書類上の期日は警察の鑑定による)実の父の弔いに、まるで仕事のような意識から(といっても推理や事実確認のようなことではなく、ただただ弔いとしての)、人生を費やしてきましたが、あの頃からずっと続いてきた、この大きな川を営む千々の流れのような様々な出来事と人々の関係性が、上記の事情の底に、黒々と流れていました。 この大河の中で、何が重たい出来事なのか、判断することは難しい。それぞれの人で、大事な人や出来事が違うとしたら、判断も異なるのでしょう。「なぜこっちを重く見ないのか、重要視しないのか」といった、私への否定的な視線や圧力、促しを感じることが、とても多い5年間でした。各々、その怒りが、違う人を、違う方向を、指している、そのことに気がつくのにも、時間がかかりました。各々のそれが具体的に何を指しているのかをたどるのに、また、時間がかかりました。それらを明瞭な情報としてよいのかについても、迷うことの多い事柄でした。 彼なのか、彼を名乗る別人なのか、それも再三、疑わざるを得ませんでした。誘導、詐欺的言動、囲い込み、摂取情報のコントロール。肯定的にだけ受け取るには、難しい展開でした。なぜなら、それに対して、なんなら各々の件に対して、否定的な誘導を行なう動きが、常に添乗していたからです。 私という存在、及び人工的に遡上されている私の人格情報について、周囲の方々から視えている内容と角度の違いがあることを知りました。たいていの人は、自分の都合しか、こちらにぶつけてこないからです。もしくは、それを装う演技によって、さらに私の認識を攪乱し、コントロールしている。それを管制塔のように観察、監視しながら、管理する人たちも。 過去生の方が、もっと神経質でもっとしんどかった気がしますが、だからこそ、そこから知恵を借りている、借りるほか、なかったのかもしれないですね。 私は通常の五感は、ほぼ正常に動いていると感じていますが、目と耳がもし不自由だったら、この五感を正常に動かせることを常識としてほとんどの道具やルールができているこの世界は、どれほど怖かっただろう、そう思うことが何度もありました。 これらいまだに齟齬が起こっているのかもしれないことを、現実に具体的にどうしたらいいのかについて、これまでも間接的に伝えてきましたが、それは各々の方に属している事柄なので(父のことでさえも)、私が考えるべきことなのか、対処すべきことなのかは、正直分かりません。 そういった生きている方々の事情よりも、私という存在が対応した方がよいのは、なくなった方々ではないかなぁと。それらの方々が私と話したいのであれば、気が済むまで話したらいい、そのために私自身の能力(ここでの能力は、私に属しているものというよりも、その方々に私へのコンタクトに使用できると判断されたものとしての)を使うべきだと感じます。なぜなら、言えなかったことがたくさんあったようで、私の中から怒っていることがあったりして笑、そうした発散が必要らしい、とここ数年で、分かってきたからです。 彼らの「発散」は、私にとっては必ずしも有利になることばかりではなく(彼らが不利に陥ったことを話しているのだから当然ですが)、冷や汗が出るようなこととか相手だったりもするのですが、すべてを勘違いなく受け取っているかはともかく、発散すると楽になっているようなので、そのときには遮らずにそうする、と決めています。 一事が万事、そんな感じで、私にごくごく関係のある方々(中には人ではない場合もありますが一様に関係のある存在)しか、私は対応できないようですが、回復との齟齬がないのであれば、淡々と、続けていければと思います。 * nobodyが、①死んでいる人も、②生きている人も、こんなふうに私のそばにいてくれて、感謝してるでよ。本来なら、味方になれる同志だったはずだから、二人とも。そして私は、この二人こそが、いわゆるツインレイだと思っていたりする。え?もっと違う良さげな組み合わせがあるって?そうも思う人がいるだろうけどね、別の組み合わせがあるとも思うけどね。え?私?うーんとね、ご縁のある観察者?笑 * 今日は本年初の満月、カーテンの内側から撮ったのって、もしかして初めて。 新年になっても、「明けましておめでとう」が、ずっと言いづらい25年。その間に私自身も心が死んでしまったし、そんな状態で新年も明けましてもおめでとうもへったくれもない。年賀状も、こちらからは長いこと出してこなかった。出してくる奴らがほんと無神経に思えた。はいはい上手に生きてて偉いね。自分の死に納得がいかずに、なぜか私の近くに来てる人、弔うべき人がいつづけている間は、これから先も。 |
昨年5月から、
「dear nobody」と称したサイトを
展開していた。
2000年に聖なるマリア妄想として、
自分だけの救世主を求めて
(それはおそらく私に起きた究極の危機感による)
(究極の危機感が自分の女性性に起こるときというのは、
自分を守るべき男性性が消滅したときなのだろう)
(いわゆる心身ともに起きた強烈な暴露感覚が
ここに至らせた)
脳が病的にさまよった時期に
無理やり眠らせた妄想を、
25年経過した今、
安全なときを待って解放した様子を
制御なしに記していた、
そんなふうにも言えるだろう。
あの時期よりも
対象が具体的でありながら、
求めるヒトが決して一人の人格に
着地しないという点で、
錯乱して見えたかもしれないし、
実際、故今敏監督の『千年女優』のように
永遠にその人を求めて
その放浪してしまう人もいると思う。
本当にその世界に陥った人は、
おそらくその方が幸せなのだ。
だって、
よく言われるように、
本当の意味で自分を守れるのは、
自分だけだから。
今また、
他者に直面しそうになって、
おそらく私は、
その状況から、
病を抜けたあとに
狂うほど求めたその可能性から、
脱走しようとしている。
完全に暴露されきって
狂乱しかけた内面の混乱は
長い長いときをかけて、
ついでに過去生の時間まで借りて
だいぶ整った。
過去生でのつらい記憶も、
だいぶ再解釈できた。
なによりも、
自立した生活が
精神的にはできそうな今、
傷ついた記憶を
これ以上刺激して、
再発するのだけは
どうしても避けたい。
外部で整えられると
思しきところ、
私の脳内につながる、
どこからともなく
来訪した人たちは、
可能なかぎり、
あらゆる次元を使って
楽になれるよう、
尽力した。
私の身体に
この年齢期に限って
課されていたのかもしれない
伝言受け取りの仕事の
ようなものも、
内容的にも、
ほぼ必要性のピークを
超えたと思われる。
自己防御を自分に赦して、
dear me
私自身の中へ。
2022年に家を出たとき
すでに逃げ出したかった。
完遂できるめどなど、
何も立っていなかった。
おそらく、
nobodyを目指す以外に、
推進力が見当たらなかった。
まだ自宅にいたとき、
観音がやってきた時点で、
逃げ出すことは
すでに不可能だった。
ただ今は、
自分にとってのこの難関を、
乗り切った自分を
大事に。