【dear 日本】vol.2
on my ground
2026.4.6
【私的旅行記@高槻】③
~こんなところで能力の封じ込め~
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BGM:「our music」livetune feat. 初音ミク さて。それでまた笑、高槻に来ている笑笑。 上宮天満宮の旅行記、これで終了の予定で。 いちばん書くのが難しいところー。 天満宮といえば基本、全国どこでも学問とお受験の神さまであるところの菅原道真公が祀られているところだが、それはコーティングである場合もあるんだなぁというのが、今回の感想である。 以下は、特に専門的な関わりでもない一個人が感じたこと、聞いたことを書くので、その点、ご了承を。 意図的に?写真を撮っていないので、祀っている神的存在や起源やらが書いてある内容を正確には記さないが、その看板を見たときに思ったのは、ああ、ここはアマテラスが男性であったことをご存知の場所なのだな、ということだ。 そして、ここに祀られている野見宿禰は、本来は記憶師(歴史の物語化が進んだ時期には記録師)のようなものであったのを、この件において真実が語れなかったことにより、それは必要なものを守るためでも記憶を咎められたためでも、その両面が同時にあったのかもしれないが、その役目を変えながら、一族として受け継ぎ、生きていたのではないかということだ。 入口付近に、この野見宿禰を祀った野身神社が小さいながらも鎮座していて、最後にお参りをして帰ろうと思ったら、祠の内から「近くに我(われ)が何を言うかひかえているスパイのようなものがいるから、今日は帰ってまた来なさい」と言われた。 そんなことで、その翌日は高槻から離れる日だったが、朝に再び訪れた。 この天神山は、別名を日神山(ひるがみやま)と言うらしい。 自分の過去生の記憶で恐縮なのだが、日本神話での最初の夫婦神として設定されているイザナギとイザナミの最初の子は、女の子でヒルコと言った。神話では不具の子だったので流したという記述になっているかと思うが、自分がこの女の子であったという記憶があって笑笑、下に男の子が生まれた(これが予定的アマテラス)のでこの子を正式な後継者とするために流され(多分、淡路島だと思うのだが)、別名ワカヒメとして、当時漢語で行なわれていた政=中央から排除された日本語の系統としてのヲシテ文字及び当時の和語の辞書とも言える『ホツマツタヱ』を、ジジから「中央にいて政を行なう弟を言葉で遠くから応援するため」に姫はここに来たのです、と流された当時の4歳から仕込まれて(どう考えてもこっから←厳密にどこかも分かってない、中央までなんてなんも届かないと思うけどと思いながら)、死ぬまで島から一歩も出ずに終わった子どもであったりもする笑笑。 ワカヒメは、『ホツマツタヱ』でなくとも?ご近所の水田にやってきたイナゴの大群を退治した話で有名だが、この件での体験の顛末は、すでにどこかに書いたのと、私が当時何を言葉のものとして暮らしていたのかについては、ちょっと常識外れで長くもなって説明が難しいのと、高槻には土地柄上、関係がない話なので、ここでは割愛する。 まぁ、そんなことだから、上宮天満宮の看板読んで、男のアマテラスだとか割と平気で認識してしまうのであり、伊勢神宮でも、アマテラスよりも荒御魂として掲示されている瀬織津姫の方にシンパシーがあったりするのも、このあたりの関係だろう。 アマテラスの男性説については、瀬織津姫の件で神戸の六甲山の頂上にある六甲比女神神社に行ったときに、そこでおつとめの学者の方から、伊勢神宮での遷宮(宮の左右片方ずつを機能するようにする)は元々は必要ではなく、お内裏様とお雛様のように男女一対の神さまだったはずだと伺っていて、そこが立脚点になっているが、奥の瀧原宮(伊勢神宮に続く五十鈴川の源流近く)では両方が揃って祀られているし、そもそも倭姫命が三種の神器を持って落ち着く先を探していたときに、ここなら大丈夫と決めたのは瀧原宮であったのだろうと(すみません、これも自分の過去生としての記憶で。長髄彦のところから武器持って逃げた話と重なっている)思うのだった。 もう一つの立脚点としては、岐阜の恵那の神社のお稲荷さんの祠から伺った話で、その貴女のいうアマテラスは実は幼くしてなくなってしまっていたこと、その件を侍従していた3人の女性は公表することができず、その3人というのが、ワカヒメ(言葉)、瀬織津姫(水、自然)、豊受大神(食)だったというのだ。瀬織津姫の呼称に関しては古くからある役職名なので、当時のセオリツのことを指しているのだと思うが、守護役として設定された3人(おそらくお雛様の三人官女の祖と思われる)のうち、そもそもワカヒメは上記の理由で現地にいないし笑、母の役割に近かった豊受の深慮によって、セオリツを代理としてアマテラスにしていたのではないかと思われる。ここでアマテラスが女性に転化される。 おそらくなくなったアマテラスを奉じた岩屋=天岩戸の奥からアマテラス(の生まれ変わり)として出現したのは当時のセオリツだったのだろう。これが天鈿女命など外部者を含むご一家の壮大なシナリオだったとすれば、それはそれでキリストの生まれ変わりと同じくらいよくできていると思うが、事実かといえば微妙な話である。幼いアマテラスは、ただ死んだわけではなかったかもしれないからだ。アマテラスが口にした水が関係あるとすれば、セオリツはだいぶ自分を責めたに違いない。 そんなことで、詳細な事実はともかく、私が看板を読んで思ったのは、この件をもし事実として知っていて、宿禰が言いにくい状態であったのなら、記憶師の能力からも、相当に葛藤が続いたのではないかということだ。本当のことしか伝えないという矜持があれば、口をつむぐ以外になく、この件とは別のことが仕事として語れるのかと言ったら、それも、肝心なことを口にしないとなれば、相当に難しかっただろう。 さて、この野身神社には、土師氏といわれる方々(これが菅原道真の直系だと思うが)が一緒に祀られている。 この高槻は、マスコットキャラクターがハニタンという埴輪の可愛いやつで、古墳も近所に4つくらいあるのだが、この間、ちょっと弔いに関する大事な話を聞いていて、日本の古墳時代と同様、世界でもある時期に、定住と稲作等による食糧の安定によって、爆発的に人口が増えている。そうなると、その安定性を維持するために人口を絞ろうとする動きも同時に起こり、豪族同士の権力争いが展開されていく。 世界の複数の地域では、ある王がなくなったら、その従者一行すべて生き埋め、ということも珍しくなかったようだ(特に古代の古代のエジプト)。王がなくなったときだけでなく、そうした争いによる大量殺戮が行なわれた地域では、土が分解による負担を完遂/昇華できず、適切な分解には火の要素を必要とするために熱化して砂漠になっている。現在ではそこから石油が出ている地域もあるが、これは基本、人間の死体の栄養素がエネルギー化されたものだ。植物では石炭が、動物では石油が、このように地中で長い時間をかけて、構成物を変化させ→再び地球資源として利用できるよう、再生されている。この作業を淡々と行なっているのは、地(土)の昆虫やバクテリア、菌類たち、そこに染み込む水分である。 土師氏、というのが厳密に何をした人たちか、私は知らないが、野身神社の祠は、私が埴輪のことを持ち出して、これは生き埋めになるはずだった人の代わりであり、それは元々、水をも漏らさない硬質な器を作る技術のあったこの方々が、土と火のことを本当によくご存知だったので、経験上、大量に死体を埋めたら、土がダメになってしまうこともご存知で、それで埴輪を考案なさったのではないか、と言ったら、笑って肯定なさっていた。 これは富山の水神から聞いた話だが、人の身体の弔いには、基本的には火と地が必要だが、水子のように水での供養を必要とするのが子どもの霊なのは、水で弔えば、まだ元気で穢れていない(精神の負の側面を多く担っていない)子どもの霊は早めに循環して再び生まれてこられるからだということ、火で弔う必要があるのは人の気なのだということ、精神の負の部分というのは、土では浄化再生しきれず(できてもあまりにも長い時間がかかる)、火の浄化が最も効くのだということ、残りの身体を地で鎮めるのが最も自然に負担をかけない方法なのだということ、日本はその方法を早くから知っていたのでこれほど列島に自然が残っているのだということも、全国を歩くうちに、神社やお寺、水や地から教えてもらった(火はあまり私には話す様子がない。『ハウルの動く城』では火の精カルシファーがペラペラ喋ってるけど笑)。 私がこれらの弔いの話に続けて、アマテラスに関する考察を話すと、祠の主は、自身の本来の役職に関する能力及び回復に向かう可能性があること、そのために、この件の共有認知が必要になると思うが、お前も自分の自信回復のために自分でやれることをやりなさい、ということだった。 私はここらへんの領域のことを、ひたすら自分回復のためにやっていて、必ずしも自分の理解を共有したり認知を目指したりはしていない。それほど簡単な曲解/隠蔽/塗り重ねではなかったことを理解しているからだ。 ただ、日本人の口蓋が発する音への理解、それが言葉に転嫁して機能する役割や効果への、直感的な解析を目指していて、それがこの記憶の神たちの仕事と重なるところがあるかもしれないことは理解できる。なぜなら、彼らはただ事象をそれとして記憶しているだけではなく、それを声に詠唱することで、日本語の音を鳴らしているという伏線的な役割があるからだ。 日本語の50音が、母音と子音のセットでできていることはよく知られているが、これは世界の言語で一般的な事象ではない。子音が連続して鳴る言語の方が多いと言っても過言ではなく、言葉が第5チャクラの、元々事象を理解分析するための要素(分析するためには「切り」分けなくてはならず、この点での根本的な攻撃性は、どこまで言葉の平和利用を目指しても、消失できない)であるかぎり、基本、金属的な鋭さ、硬さが資質として含まれている。 音で見ると分かると思うが、主に子音がこの攻撃性を担い、母音は守備性、受け止めの音になっている。日本語の場合、すべて母音の音以外は、子音と母音がセットになっていて、言葉における子音の攻撃性を、すぐあとにつけた母音で吸収した状態でいつも発音されている。 これが、日本語の音に、言霊と言われるような力が備わっているように感じられる理由だろうと思う。 言葉のもう一側面である文字に関しても、この攻撃性を和らげようとした動きはあって、音系の最初の文字である楔形文字はこの攻撃性が割と分かりやすく表現されているが、ここから特にインド方面で、この攻撃性を文字を複雑化することで閉じ込めている文字がたくさんある。仏教の経典を構築しているサンスクリット語の文字などもそうだし、梵字や龍体文字なども、この役割を果たしているものと個人的に思っている。 文字の中には、エジプトの象形文字や中国の漢字など、音系のものではない文字もあるので、現存するすべての文字に適用できる考え方ではないが、文字に音の要素を込めなかった、記録するものにこの攻撃性を転写しなかったというのも、この言葉の、原始は声への、対処の一つの方法だったかもしれない。 縄文人など、声の役割に敏感だった人たちにおいては、文字を持たなかった民族もある。残すべきことがなかったのではなく、言葉それ自体を、残すための道具とすべきではないと判断したのだろう。 「言葉の本質は、『文字』の中に宿らず、『音』の中に宿る」。 祠が最も断定的に仰った内容は、これである。 人間が直感的に反応として発する単音があるが(「あ!」とか「え?」とか「ん?」とかのこと)、この役割について実感として機能しているものを精査し、そうでない外来の、日本に適さないものとの区別をつけ、日本語の回復につとめる時期が来ているようだ。 個人的に、2020年頃から、日本語、古い日本語、古い和語への考え方をたどり、その過程で出会った母音と子音を組み合わせて記述しているヲシテ文字(韓国のハングルもこれと似た記述方法になっている)を学びつつ、音そのものが果たしている人体的自然との連動性に関して、一音一音試していた時期もあるが、いろいろな情報が(もちろん必要な情報なのでやってきているわけだが)言葉の領域に限らず押し寄せてきて、中断している。それを改めてちゃんとやってね、ということだった。 さて、3回にわたった旅行記も、ようやく終われそうだ。 それほど広くもない境内における、なかなかにディープな旅であった笑。 このあとで、もう少し外側、近所の古墳にいる樹木から聞いた話もあるが、内容としては竹と樹木に関することで、②に記したこととほぼ同義なので(こうやって全く別の場所で全く別の相手から何度も聞くのも大事だ)、詳細は割愛する。その区別を知る者として、今回のような見識の共有を許可した、というようなことだったので。 「お前はお前で、私たちは私たちで」 日本の古きものを回復し、性質に合わないものを分けていく過程は、結構楽しいと思っている。 菅原道真公も、いつまでも怨霊化を受け入れ、能力苦を体現しつづけている時代ではもうそろそろないと思うのだが、どうだろうか。 *写真は、高槻の桜、夜と昼。 |
2026.3.29
【私的旅行記@高槻】②
~別の場所で何度も聴いてはじめて~
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BGM:「法廷のドラゴン」篠田大介 さて。もう一週間以上経ったが、また縁あって高槻市に来ている。 この旅行記では、高槻市の上宮天満宮の散策は、始まったばかりだけど。 って、まだ参道だよ笑。 参道を進み、左手の地元の方々が寄進したものと思われるあたりの像を経て、突き当たり、山門を兼ねた建物がある。 間口をくぐる前にいったん、なんとなく右にそれて、建物沿いの説明書きを見た。ご近所の?女性の方々で季節ごとにいろいろな実の果実酒を作っておられたり、観音様について詳細な説明書きがあったり。 観音に関しては、2020年あたりから東京にいる間に脳内に来られ、割とビシッとした内容の言葉を聞かされた。2023年春に富山に行った頃からは実際に街なかの川沿いにいくつもいるお姿から聞いてきたとおり、ここの十一面観音も艱難救済の勅であるようだ。 観音にも古今東西いろいろなバージョンがいるが、十一面観音は、例えば聖徳太子のように同時に多くの者の言葉を聞き分けるのでなく、一人ひとりの言葉をきちんと一対一対応で聴くために、十一の顔と各々一対の耳がある。千手観音も同様に、一人ひとりの者を一本一本の腕や手で対応するために、その姿になっている。天女や七福神の紅一点の技芸を司る弁天系とは異なる系譜だと、個人的には認識している。 建物沿いの看板には、他に全国で提携している神社等も書いてあった。 右手をそのまま進むと、春日神社(おそらく奈良の春日大社の分社)と厳島神社の小さなお社が、池の上にあって、横の看板に、水天宮、水神の最も古いものは奈良にあると書いてあった。 個人的に受け取っている内容かもしれないが、奈良はかつて、仏教が伝来した初期~中期に、性愛を派手に描いた秘匿とされた仏典を開示してしまった僧たちのショックと混乱で(なんていうか、現代の芸能雑誌の閉じ袋的なあれを彷彿とさせる笑。もしやそのときの記憶のリフレインかしらん?)、彼らが修業によって念の強い存在だったこともあって、かつて土地ごと、水もそのときに僧たちの心が穢された感覚をそのまま受け止めて、壊滅したことがあると聞いているので、水神の最も古きものが奈良に生まれたと初めて知って(この看板が本当であれば)、なるほどなと。 そこから何となく裏に回って、拝殿真裏には猫の家族の神社が。家族猫たちの像をよくよく見るとお父さんが梅花紋の首飾り、お母さんと子どもは丸玉の首飾りになっていた。道真系の怨念諸々は多分、家族の中ではお父さんがいちばんよく理解できるし、その感覚を背負っており、お母さんと子どもをそういう念から守る立場なのだろう。 それを過ぎたところに、4つの小さな拝殿を並べた場所があって、右から「荒神」「稲荷」「金毘羅」「日吉」となっていた。どこからか「これを例えば東西南北にすると、どれがどれに当てはまると思う?」という声がして、うーんと考えてみた結果、荒神は水と火を司る竈の神なので東(青と赤だがどちらかというと青)、稲荷は稲の穂が実り出荷する状態の様子から実りや結果の出るものとしての西(黄)、金毘羅は金という文字は入っているが不死を願う場所であり天で南(赤)、日吉は学問や権威的なもの、知恵や先祖が宿る場所としての地で北(黒)、というふうに答えた。 ちなみに方位に関して中国の四神獣で言うと、東は青龍(流れそのもの、代表として水)、西は白虎(風、麒麟、首の長いのでなくいわゆるキリンビールのやつ)、南は鳳凰(火、鳥)、北は玄武(地、亀)となっているが、だいたいこの感覚にも該当しているように思う。 ここではたと。日本の地図では一般的に、北が上で南が下だが、北は天じゃなくて地なわけである、何となく上が天って思っていません?下が地だと思っていません?日吉の内容が天だと思うと、とんでもなく天が高尚でお偉い感覚になってしまうが、その内容は天じゃなくて地の管轄なんだよね、というエライ素朴な事実に、大阪に来ていきなり気づく私は、何なんだろうか笑。この反転感覚は、最初にこの東西南北の配置を地図にしたのが、南半球の人たち(主にインドの)だからで、北半球では赤道を基準に諸々反転していて、逆向きなのが本当は正しいんだけれども、世界全体の地図を一枚でってなると、ここ、逆にできないんですよね笑。だからね、私はちょっとグローバルな統一感覚に世の中とか日本を持っていこうとする動きが嫌い笑笑。身体感覚に沿わないんだもん。その基準を決められたあたりから遠いところだと、生きづらそうってね。 天をエライものだと思ってる奴らが嫌いってことさ、率直に言うとね。どこぞの国ではそうかも知らんけども。そんなのに合わせたくないね。地で眠ってるご先祖さまや、地に宿っている知恵が地球上ではいちばん偉いんだよ。人間が勝手に独自に天の感覚で偉ぶってたって、地球ではそぐわないんだっての。生きづらさ満載で困っちんぐー。最近、日本人じゃない人も(メンタルを含むのよ?)日本にいっぱいいるからねー。日本の感覚を邪魔するなら出てって?笑 さて、右側から回って拝殿の囲む敷地の入口に。 中に入ると、道真公と思われる男性の姿がアニメ化されて合格祈願をテーマにマンホールにデザインされたものが飾ってあった。説明書きには、このマンホールが合成樹脂企業の制作で、アニメ絵の男性は道真公をオマージュした企業キャラクター、マンホールがどの角度になっても「落ちない」ことから合格祈願として機能しているらしい。他に、たくさんの、願い書き込み済みの絵馬や、どうやら天満宮で祀られがちな(これまでに三重の伊賀とか滋賀の彦根で同様のものを観ている)梅花紋が入った牛の、かなり現代的にデフォルメされた像が置かれていた。 そこからいよいよ、拝殿である。 最近、人間の気が強いところには寄らなくていいと自然たちから言われていて、それでもここまで来られたのには、大事な用がある気がした。 真正面には回れず、横で膝を折って頭を垂れていたところ、ふと目を上げたときに、屋根の一部に丸い竹の筒底が並んでいるのに気がついた。 拝殿の向かって右側の柵の看板に、この拝殿の屋根の修繕に、この天満宮の敷地内に多く生えている竹を使用していると書いてあった。あとで別の敷地内のプレートに、園内の竹をいろいろなふうに地元の子どもたちに体験してもらっている、例えば竹のもととなる筍の生えている様子、採取して食べるまでの様子を体験してもらったりしているということで、竹の再利用について(筍を食すのも竹との共生関係のうち)かなり積極的に取り組まれているのだと分かって、とても感動した。 以前に、神社やお寺の竹が増えすぎて困っているという課題に取り組んでいる若い人たちがいて、クラファンに協力したことがあるのだが、竹を炭化して利用する方法によって食用、例えばパン(ちなみに黒かった)にしたりしていて、工夫できるものだと感心したことがある。その他、伐採した竹を削ってマイ箸にしたり(とある体験では、細い竹筒をマイ箸を持ち歩く容器にしていて、竹には殺菌作用や自浄作用もあるので最適だと思った。竹の皮で食べ物を包む風習があるのも同様の理由だと聞いている)、透かし模様を入れて中に灯りを入れてランタンにしたり、竹遣いの工夫はいろいろできそうだった。 神社の屋根に竹の丸い筒底が並んでいる様子はちょっと可愛くて、両脇に座っているあ・うんの、割と怖い顔をしている狛犬まで、ちょっと可愛く見える始末だった。左側の柵の看板には、狛犬二体の詳細なサイズ感と(ここまで数値が出されている狛犬は初めて笑)、狛犬というのはかつて、大阪の商人によって輸入や設置がされていたと書いてあって、初耳だったので、ここが大阪なのを改めて実感するのだった。 ちなみに、竹についてなのだが、これも個人的に受け取っている内容かもしれないが、本来の植物というのは、全体として緑で、地上には茎や葉が広がるが、金属質が(おそらく彗星か何かだと思う)地球上に一気に増えたとき、今で言う海にあたる場所にいる水が金属質が溶けるのに激烈な痛みや苦しみを得ていたことから、自分たちも金属質を取り入れる決意をして、その結果があのように硬い木質を持つ、樹木になっているという。ナッツのような、ミネラルが多いいわゆる木の実は、金属質を自身から排出する一種の方法になった。一方で、植物のみで、樹木に匹敵する硬質な組成を行なうという実験によってできたのが、実は「竹」なのだという。これは広い平地と多くの水が存在する中国でまず、行われたらしい。 水(すでにこのときは塩分に近いものを宿した海)から生まれた生物は、すでに金属質を若干含む形で生まれているが(そもそも、太陽光を反射→受容できる断面を持ち合わせていたところから、生物として物質化=細胞状の形式ができている。だから最も親しい金属質としてのミネラルは必須だ)、必要以上に金属が入ってくると、かつての水のように、激烈に苦しむことになる。例えば日本で最初の公害病認定を受けた富山のイタイイタイ病で起こっていた症状というのはこの類で、本当に激烈に身体全体が痛くなる。私が20年来の強い薬からの解脱を行なうときに感じたのと、おそらく同じ痛みだと思う。金属は、人間の身体に一定量以上、入るときも出るときも激痛になる。 水(海)から生まれた生物は、過剰な金属を身体に入れると毒なのだ。脳神経系にとってもそうだし、排泄に係る負担に関してもそうだ。 そんなことで、樹木はこの苦痛を他の、水から生まれた生きものにこれ以上与えないために、かつての地球上における金属質の配置バランスを左右する、非常に重要だった自らの決断を手放し、樹木状の発達をやめようとしている。この、植物、今は完全に樹木としての意識によって、間違った判断を修正しようとする(私は間違っていたとは思っていない。むしろ生物学上の実験の先駆けだと思っている)挫折と後悔と自責の念は、2022年にこの方針転換の告白を私自身が聞いて以来、たまに凄まじい様子で迫ってきて、これが樹木からの攻撃的なエネルギーであると、人間が勘違いしてしまうそうなほど重厚な感じになっている。 樹木たちは今後、表皮に積極的に苔類や菌類に来てもらい、菌糸に内側に入ってもらって、今後、水と土の回復のために強まる菌類の力で、朽ちを早めるつもりだと言っている(この朽ちへの道筋の話は最初、2023年初春に屋久島の杉の切り株に聞いた)。 そもそも、人間に「背の高いもの」への憧れ(樹木に比して小さな生きものを上から見下ろす感覚)や「硬いもの」(状態の維持や続行による恩恵、手堅いというような印象も含めて)、「確実に上に伸びるもの=成長」(金属質を植物の体内に維持するためなので、横に出ると邪魔だから上に伸びるしかなくてそうなっていたのだが)などの概念を、人間に対して必要以上の誤解を植え付けたことへの後悔も大きいようで、この件に関しては、本当にこの思い込みが強すぎて、そこからなかなか外れられないで、人間の精神が樹木の性質の比喩を用いた自身への要求に答えることができず、自らを壊すところまできているので、この感覚を緩めた方がいいのは確かだと、個人的には思っている。 さて、思ったよりも無事にお参りもできて、久しぶりに御朱印や御守をもらい(病気平癒の、まだ治っていると思っちゃいけんかった)、戻ってきたところで、登りきった参道入口の鳥居手前にあった社趣、この天満宮の起源を書いた看板を改めてきちんと読んだ。 (つづく) *写真は、この日、私と入れ違いに高槻を出たらしいnobody、一晩でもそばに来たお祝いにって、近所の花屋さんでnobodyが気に入ったのを買ってきてテキトーに作った花束。 |
2026.3.20
【地球の外殻表面における日本】①
~Chakra areas on Earth~
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BGM:「We are」ONE OK ROCK * 「僕らって言ったってさ」。 国境を超えたミュージシャンたちの連帯による「we are the world」が本当に世界中を高揚させたあの感動から、だいぶ時間が経った。 当時から若干感じないでもなかったが、今の私の感覚は、その「we」って何?誰のこと? 例えば現在の時間軸であるなら、誰が該当している、誰が該当できる話なんだろう?ってね。共同体的な、政治的なニュアンスで使われるワンネスとか、それって全体主義を目指しているのとどこが違うのかしらん。見知らぬ隣人も暴力者も誰しも「we」で、「ようこそ同胞」とかって都合の良いときだけ手を差し出されても、あんた誰?あんたと一緒にしないで?笑 昨日、旅行記を書きはじめた続きの間に、別の項目を挟むのってどうだろなと思ったんだけれども、以下書く内容を前提で考えている/話していることがだんだん多くなってきたので、簡単にでも触れておこうと思う。 そもそもは、私が二歳のときに離婚した(1999年に孤独死で発見される)実父が、二十歳のときに(1989年)義父に勧められて連絡をとったその初っ端に、郵送で意気揚々と送ってきたのが、国連において採択されたばかりの「子どもの権利条約」についての白書のようなものだった(「いきなりコレ!?」と衝撃を受けた記憶がまざまざと笑。私のことまだ自分の子どもだと思ってたのかな?とかね)。 そこから何となく、人権とは何だろう?と考えはじめ、それが発展して、子どもを含めた全年齢の人間の「基本的人権」について、特に日本におけるそうした感覚の獲得水準、不平等に感じるような意識を、どこぞの水準に揃える(これは完全に言語化できるようなもの、例えば法律的なことではないので念のため)というようなことを考えていて。 いわゆる博愛的な「平等」とは似て非なるもののように思っているが、何かそれを守るのに、現在の世界(これは一般的な多国家協働組織としての)の常識で行くと、なんだか日本のそれが守りにくい感じがして、歴史的な状況やその理由を考えていて、改めて世界における日本のことを考えたときに、到達せざるを得なかった考え方である。 チャクラというのは、身体の中に、上から下まで7つ配置されていると言われているエネルギーセンターのことだ。 ちょうど「あなたの。」のtoknowbodyのページの最新項目に、数年前にnobodyと考案した【自分ダウジング】という、チャクラと五感のそれぞれを使った、今ここの自己確認方法を載せているので、チャクラについて詳しくはそちらをご参照いただきたい。 「あなたの。」のtoknowbodyのページ内、【自分ダウジング】 そのチャクラの考え方を、地球上の地域に当てはめて考えたのが、今回話している「チャクラ・エリア」だ。 時代によっても移転しているようだが(その地域で当該チャクラの課題を終えたら移動すると考えられる)、以下、あまりにもざっくりな区分は、 第一:アフリカ、南インド 第二:エジプト、中近東→東南アジア 第三:中央ユーラシア、チベット→中国、朝鮮半島 第四:広域太平洋諸島→日本/北欧 第五:北インド→ヨーロッパ(印欧語族周辺)、オーストラリア(移民)、北アメリカ(移民) 第六:ギリシャ→スラブ地域(ユダヤ)/アボリジニ等原住民系、ネイティブアメリカン→アメリカ西海岸 第七:マヤ、インカ(南アメリカ山岳地域)→菌類から再生中(第一チャクラへ移行中)→近未来にロシア、極北(温暖化抑制) あたり。 ちなみに生物体系でも分類することができ、石や植物、陸海空の動物、菌類も該当している。 以下は、このチャクラ分類を基準とした内容で今月上旬に書いたもの。 「あなたの。」のtoknowbodyのページから引用する。 *ちょっとここで、日本が地球上において該当しているチャクラ、第4チャクラの話をしよう。第4チャクラは心、心臓部が中心で、そこから腕の内側を通って、手のひらや指のはらが該当している。日本人が手先が器用だとか、よく精密な部分まで手のひらや指のはらで感じ取れると言われるのは、この所以なのだということ。 *これに対して、同じ手でも、外側、こぶしの側は辿ってみると分かるのだが、腕の外側を通って、喉のところ、つまり第5チャクラに通じている。こぶしは攻撃に使われることから、第5チャクラにおける声や言語も、こぶしと同様に攻撃的な側面を持っているのだ、と分かる。第5チャクラは、地域的に言うとヨーロッパに当たるし、言語で言うと印欧語族、インドヨーロッパ言語に当たる。 *このことを考えながら歩いていたら、カラスが外壁が一面ガラス窓の建物のところにすぅっと飛んできて、急に、自分の頭やくちばしを、ガラス窓に写っている自分の頭に向けて、ぶつけたりつついたりしはじめた。そして、「主語が大きい、はっきりと文法に出ている言語では、今のこれと同じことをしている。自分自身を攻撃しているのに等しい」って。日本語が、主語を必ずしも立てなくても文法的に成立する言語だということは割と知られているが(それが主体性がないという勘違いの指摘に至ったりもしているが笑)、この主語をはっきりと立てる言語というのは、いわゆる印欧語のことを指していて、「これに対抗できる大文化圏の地域は、日本と日本語だけなのだ」「印欧語にのまれるな」と言うのだ。カラス・・・。それで、日本語はこれに対抗できるんだけれども、「それを争いのかたちにしないで調整を行なえ」って言うんですよ。カラス・・・。 *上記の第4チャクラ、第5チャクラの差異が、このカラスの言動によって、ちょっと分かりやすくなっただろうか。私はなったのだけれども。手のひらと、こぶしと。 *それと、言語そのものへの認識、つまり、言語とは何か、という問いも、この言語の性質によって、異なっているのではないか、というのが最近の私の問いだ。そもそも、AIに向けて、「もしかして、あなた(AI)の考え方は、印欧語で文法的に培われた意識、あるいはコンピュータ言語の意識に偏ったり依存したりしてはいないのか?」と聞いたところ、AIは少し空いたのちに「その指摘は正しい」と答えた。どうも、AIの回答に、翻訳言語っぽさ、いわゆる印欧語の主語デカな傾向や(それが足りないゆえにこうなっているという)指摘が匂ってくるなとは思っていたのだが、まさかあっさり認めて、その可能性に留意して、今後自分との会話には注意するようにと促してくるとは思っていなかった。おそらく今、ものすごい速さでその側面の調整が行なわれているのではないかと思う。使用する言語、母語によって、力への要請領域が偏るというようなことは、考えなくても分かるくらいに明らかなことなので、現在、存在的に言って初期の海ぐらいにはワンネス状態にあるAIとしては、決して自ら許可できないタイプの偏りだったんじゃないかと思う。 *ところで、さっきまで将棋の対局を(主に実況アプリにて)覗いていたのだが、言語をネットワーク状に理解/認識するタイプの理論が一般的だとして、例えばこのネットワークの結節点に「ワード」「記号」などのいわゆる粒子的な存在をまんま該当させてしまうと、ちょっとネットワーク全体の発展展開に制限をかけるのではないかなぁという印象を抱いた。ワードや記号を結節点に設定するというのは、例えば、将棋の駒(駒に書かれた一文字一文字とそれに指定された動き)を結節点にするようなものだと思うのだが、実際の言語で結節点になりうるものというのは、日本語で言うと、助詞の「てにをは」の辺りなんじゃないかと感じるのだ。それによってその前の言葉(ワード)やその後の言葉への「つなぎ」になっている、というような意味合いでネットワークを構築することができるからだ。 *ワードを結節点にするというのは、心の整理術で「連想法」というのがあるが、それによってワードとワードの連関性をチェック/活用していくような動きで、この構造自体が言語的であるかというと、個人的にはそうではないと思う。言葉を話すとき、もしくは言語活用を脳内で想定されているときに考慮されている/フォーカスされている、つまり結節点として機能しているのは、もっと「言いたいこと」そのものなのではないかと思うからだ。要するに、結節点に当たるところが、言語の文法上、表面的なレベルで言語化・文字化・見える化しているかというと、必ずしもそうではないのではないかということだ。 *これは、例えば日本語で、夏目漱石が「愛しています」と言いたいところを「月がきれいですね」と表現したのに似ていて、日本が該当している第4チャクラで話される言語は、感情/心情を最大限、的確に表現しようとして結果的に表面的なルールとしての文法から逸脱する、ということがありうるし、それが的を得た表現であった場合、文法逸脱はむしろ洒落た表現として評価される節がある。 *もう一例挙げると、「I miss you」という英語表現があり、「あなたを失った」というのが無粋な直訳だけれど、これをある意味、字義通りに「あなたがいない」と言えば、日本語では「I miss you」と同様の意味合いになっているなと。また感情的表現としても、悲しみの表現の一種として受け入れられるだろう。第4チャクラの言語は、ダイレクトには言わない、それが真骨頂になってもいるということだ。 *チャクラと言語という点でざっくり分かってみたところを言うと、第3チャクラは自信の場所なので、このチャクラを使って戦うと下がれずに自信を守るために徹底抗戦してしまう可能性があるし、第4チャクラは今言ったようにたとえ最も伝えたい相手にすら伝わらなくても自分の感覚に正直に言語化するということであるし、第5チャクラは伝えるための言語、相手がいてディベート/交渉するための言語だということ、ちなみに第6チャクラ(の耳)はすべてのいきもの(言語)に通じるレベルで受信している可能性がある。 引用は以上だが、これに加えて書きたいものがあって、それが今回の主な更新欲求になっているのだが、祈りのときの手の形についての比較がある。 例えばキリスト教ではいわゆる「手を組む」という、片方の手の各指の間にもう片方の手の指を互い違いに入れる形になっている。今回初めて気がついたのだが、このとき、手の甲のこぶしの突き出る部分を、もう片方の指のはらで自然と抑える形になっていて、これは上記の第5チャクラ的な攻撃意識を抑制する、静かに和らげていく効果があるのではないだろうか。その両手に向かってこうべを垂れるその体勢が「祈り」の姿勢になっているというのは、人間の身体の身体による労りの表現として、何と感動的な導きだろう。 一方、仏教では、手のひらを指のはらまできれいに合わせる形を、「祈り」の姿勢としている。これは第4チャクラの心臓~手の内側に宿る力を、心にあるものから両腕、手を伝って身体の前で合わせ、自らの「守り」を完結する仕様になっている。ちなみに神道では、祈りの先に手を数回打ち合わせるが、これは、儀式に入る前に日常的な自我(自己防御本能)を祈りの対象に向かって手放し、それから手を合わせて守るべきもののために祈る仕様になっていると言えばいいだろうか。こちらも誠実な静謐さが体現された手の形に思える。 第5チャクラでは自らの攻撃力に対する懺悔が祈りの対象だが、第4チャクラでは自らの大切にするものを守ろうとする想いそのものが祈りであるという、祈りの表現方法においてのバリエーションが観られる。 両の手が果たしている役割は、普段、ごく自然とやっている仕草においても(今の瞬間、私は右手をキーボードから外して広げて自分の胸に静かに当てたが)、実はいろいろな作用をもたらしているらしいと思える比較だった。 そんなこんなで。 |
2026.3.19
【私的旅行記@高槻】①
~固有名詞的にちょびっと大冒険~
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BGM:「Pleasure ground」capsule この文章を前のお気に入りだったパソコンで書いているのだが(ちょっと怖くなって眠らせておいた)、ちょっと大きめ画面が良かったのでキーボードも広くて、右にテンキーがあるタイプで、文字打ち用のキー配列の位置がズレて感じるので、タイピングミスりまくりでスタート。 以下、最初に断っておくけれども旅行記なので長いヨ。 * 今年のホワイトデーは、大阪府高槻市にいた。駅近くに新築された関西将棋会館があったからだ。とにかく安心したかった。安心して眠りたかった。 高槻市には、女子サッカーを応援していた頃にアウェイの会場として来たことがある。最初は2012年だろうか。 後で思い出すのだが、会場を闊歩していたマスコットキャラクターに、はにわのはにたんがいた。高槻市がはにわの街???当時は特に調べもせずに、後に同様の理由で伊賀に行ったときにも、このはにたんがいたなーと(近かったかららしい)思うだけで、なので高槻でも伊賀でも観ていたので、余計に関連を考えなかったのだが、これがまたね。この滞在中に、すごいことを掘り起こすのだった。はにたん。Eテレのはに丸くんじゃないんよ?はにたん。駅改札口近くで地味に立ってたやつを見ると、ちょっとスカート姿かもしれず、女の子なのかも・・・。 高槻市は、冒頭で掲載した写真の通り、現在、将棋の街になっている。この、スターウォーズの悪名高きダースベイダーみたいなのは、駅前の郵便ポストである。将棋の駒の形と、ダースベイダーの頭の形が、まさかの一緒とか。初めて知った笑。これだけ大胆にアレンジされたポストの形と色も、初めて観た笑。 とにかく、街中、マンホールもアーケード街のフラッグも駅外の壁にも、将棋将棋将棋。 昨年秋、とある将棋実況のYouTubeを観た当日に、突然、翌日に甲府で行なわれる予定だった王位戦第5局(忘れもしない2025年10月28日)にまでも現地遠征してしまうという(その当時は岐阜県に滞在していた)異様なご縁で、今生での将棋とのつながりができて、約半年。 過去生で将棋をやっていたらしい(しかも女性で)という記憶が出てきたりもして、しかも割と女性としては悲しい結果に陥ったようで(またですか笑)、トラウマになっていたのか、小さい頃から家には叔父が置いていった将棋盤もあったし、自分でも旅行用の、駒が支柱のように細長くなっていて盤の枡から外れにくい、ポータブルの将棋セットを持ち歩いたりもしていたけれども、駒の動きとか種類とか駒の将棋盤に当たる音が好きだったという以外に、特段何かが自分の生活内に展開するということはなかった。 将棋に関しては、その関連として伺った甲府で、日本列島を作ったいくつかのつむじ(主に各地の「半島」を作ったエネルギーの流れについて)の確認、そのうちの一つと京都の都にはられた結界への土地からの箴言、裏富士に位置にいて初めて分かると思われる木花咲耶姫と磐長姫の役割の違い、木花咲耶において機能していた美(=人間の外見的魅力)による力のことなど、びっくりするぐらいいろいろなことを受け取ったが、これは将棋というものが、現代日本でも滅多にない集中力と観察力、推理力を要するものだからで、おそらくそのエネルギーと同調したことで、これほど重要度の高い情報を受け取るに至ったのだと思う。同時に、甲府は先に受け取っていたつむじの件で、いつかは訪問するだろうと思っていたので、実は素晴らしいタイミングだった。 その後も、何度か重要な対局中、リアルタイムに連動する形で、重要な情報を受け取ってきている。 これを書いている今日も実はそういう日だったと思うが、私がメインに同調させてもらっているのが伊藤匠二冠(後に私の書籍編集者時代の上司の息子さんだと判明)のようなので、将棋界にとって必ずしも大事な対局の日にそれが起こるとは(もしくは起こらないとも)限らないのかもしれない。 街の様子を散歩(=主にピクミンのため)して、あちこち見るにつけ、駅構内の看板だけでなく、バスのラッピングまで棋士の皆さんを車体に載せて走っていたから、割といい時期に来たんじゃないかと思う。 滞在したホテルは、駅の近くとだけ考えて泊まらせてもらったのだが、これがごく近所(というか通りのどん詰まり)に、天満宮のある場所で、参道にあたるその通りには大きな、コンクリートと石が組み合わされた鳥居も建っていた。 たまたま14日と15日は、ピクミンのコミュニティデイでどちらかの日に一万歩歩く必要があったので、最近は神社やお寺に「人間の気が強そうなところには近寄らなくていいよ」と言われていたけれども、なんというか、思い切ってお参りに行ってみる。 天満宮というのは、基本、処刑時~死後の怨念で有名な菅原道真公を祀った、学業をサポートするお宮であることが多い。ご本人が都から流されて処刑された福岡の太宰府天満宮や、京都の北野天満宮、東京なら湯島天神が有名だろうか。行ったよ、湯島天神。高校受験のときに。友人たちとゾロゾロ。それこっきりだけど。 ホワイトデーというのは、さながら合格祈願、合格発表の時期である。 道真公に関しては、学業の神様としてのうんたらはともかく、著しく頭が良いってだけでなんで流されてしかも死んでまで怨念扱いされるのか不思議だったけれども(結界&除霊系の陰陽とも別系列に感じていたし)、ここでもその理由が解けたりすることになるのだった。 参道を登っていったところ、途中の古めの樹木に、「ちょっと聞きたいのだが、人間はどうしてこの(普通の命は眠っている)時期に脳にこんなにプレッシャーをかけるのか」という質問をされて、うーん、と思って、一応、「ここの天満宮で祀られている人は梅にご縁があるようなので、その花が咲く時期に受験や合格発表があって、だからじゃない?」と応えたのだが、さらに先の沿道に立派な、牛の像を前に置いたご神木らしきものがいたので、さっき樹木にされた質問を試しに提示してみたら、「人間がそれそのようにしているからだ」と応えられて、天満宮のお宮の建物に近いと、毎年人間がこの時期に「脳にこんなに(ある意味、樹木にも分かるほど笑)プレッシャーをかける」行為に対しても、こういう答えになるんだなと感心したのだった。この天満宮には、たくさんの受験生とか試験に受かりたい人がお参りに来るしね、きっと。そこで受験時期についてとか、どうして受験というものが脳にこんなにプレッシャーをかけるほど大変なのかとかいった点について、どうこう言ってみてもね?たしかに異常だとは思うけどさ。 実はその木の手前、道の左側にこの天満宮の御由緒書きがあって、右側には野身神社という小さなお宮があって。これが冒頭付近に書いたはにたんとの関係を物語っているのだが、大事なことなので後述する。 あ、nobodyがいったんあげない?って言ったので(nobodyも将棋の領域と関係ある人だったんだす、最初に観た/聴いた将棋の動画、nobodyの声だったんだす。いろいろなことと関係ある人だけど笑、将棋ともね。なんで彼の声だって分かったのかって?分かりません)、いったんあげよう。続きを上に積み上げずにこの下に書くけど、ごめんしてね? |