【dear 日本】
on my ground
2026.2.27
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BGM:「航海前夜」millet 今回も結構、日本に起こっていることとしての側面が大きいので、このページに書いてみる。 かゆみってやつが、意外に激烈にしんどいものだっていうことを、長年の薬が抜けるときに体験した(具体的には2021年)。頭のてっぺんから足のつま先まで全身痛い期間が続いたのちに、今度は頭のてっぺんから足のつま先までかゆい、という期間が訪れたのだ。これマジやばい、身体の表面には何も出ていないので、どこをどうしたらいいかまるで分からない。 食べ物のアレルギーもアトピーも花粉症も起こっていない身には、この全身かゆい状態は、本当にきつかった、まさに地獄。痛いほどのことじゃないけど、だから身体に力を入れれば痛みを止められてなんとか耐えられるとかじゃないというか、それほどの鮮烈な感じじゃないのだが、とにかく!我慢できない!!!我慢が!!できない!!!笑笑 これにより、各種のかゆみを感じている方々の体感が若干分かったというのは言いすぎだろうか。特に今の季節柄、花粉症で鼻とか目とかがかゆい人も出てきていると思うのだが、昨年、ちょっとスギの木から聴いたことを(これってSFファンタジー妄想?じゃないよな、自然界のものたちからの話だから、ネイチャーファンタジー妄想とでも呼ぶか???笑)、書いてみようと思う。 大きく分けて、自分たち(スギ)と人間との間でこんな齟齬が起きているのには、二つの理由があると言っていて。 ①おんなじ種類のものがいっぱい同じ場所に生えていることに関する諸々。 ②ヒトの身体の植物に対する抵抗力の使いどころが云々。 もしかして、②の方が伝わりやすいかもしれないのでそちらを先に書くのだが、「まず大前提として、人間は動物で植物じゃないので」と言っていて、そんなん当たり前やないのと思いきや、「何か誤解があるのかもしれないけれども、食物とするとき、あなた方と近い動物の方が植物よりも消化しやすいのだ」と。 哺乳類である人間の元祖はネズミで、雑食なので、基本何でも食べられるようになっているが(そもそもあの過酷な氷河期を乗り越えられたのは、雑食を選択して、消化にあえて負担をかけて体内の保温を可能にしたゆえらしい。一方の恐竜は、自らの体温調節ができずにほぼ死滅している。ネズミエライの。実験マウスにしている場合ジャナイヨ)、どちかというと肉の方が負担が多い気がしていたけど、それは身体の消化構造の都合上は、植物よりも動物の方が消化しやすいのかもしれない。 ネズミもそうだけど、古代人が食べ物として、近所に、しかも不動で存在している植物(←これ結構大事)の方を多く採っていたとしても、それは得やすさの便宜上の問題であって、近いものの方が消化しやすいという道理は理解できる。 「なので、特に何も手段を講じていない生野菜は最も消化しにくいのだけれども、だいぶそういうものが食物として増えていないか?」って。何も手段を講じていないというのの「手段」とは、煮るとか焼くとか蒸すとか茹でるとか、そういうことである。 そういえば日本人は、野菜に関して、衛生上の対処もあったのかもしれないが、基本的に茹でて(お湯と一緒に処理して)摂取してきたような気がする。おひたしとか煮物とかお味噌汁や汁物の麺類等に入れるのもそうなるし、そうだからと言って、食物繊維が足りてなかったという印象はない。そういう食文化の延長上にあって、生野菜というのが消化にとって負担なんじゃないか、ということを言いたいらしい。 それで、ここが肝心なのだが、「生野菜の消化対策に植物対応の抵抗力を使っていて、例えば同じ植物の侵入に匹敵する、花粉対策に回すだけの抵抗力がない」ように見えるらしい。本来的には、(スギが言うには)樹木の花粉の飛散で、人間の身体にそれほど極端な負担が起こるはずがないらしいのだ。 なので、スギからの提案としては、「人間(だけじゃないらしいが)の身体における植物に対する抵抗力は、歴史的に蓄積してきた経験上、総量がある程度決まっていてすぐには対応できないので、顔面(身体の外側)にそれほどの負担があるなら、消化(身体の内側)にかかる負担の方を減らしてみては」ってことなのであった。 って、野菜を、かつての和風な処理方法に戻せってことだと思われる。例えば、それで言うなら、もしかするとジュースよりもスープの方がいいのかもしれないね。簡易の蒸し器もどうやら人気らしいし、ただ電子レンジでチンするのも煮汁が無駄にならなくてよかったりする。殺菌にもなるしってことで、これがスギが提示してきた、花粉症という人間の過剰負荷状況への説明としての、第一の理由である。 この件に関して個人的に思うのが、ネズミの氷河期の頃に匹敵するような危機感が今の人間には迫っていて、消化にあえて負担をかけて何とかしようとしている(哺乳類としての絶大な危機で合った前回は、それで体温の保持ができて、地球上の困難を乗り切れたから)可能性があるのではないか、ということだ。もちろん、無意識に。でも今の時代では、体温保持は当時と変わらずに大事だけれども(冷え性は結構ツラいヨ)、体温保持だけじゃ乗り切れない気がするので、そこは現実的にどうにかした方がいいのではってことだ。なんだか、映画『ジュラシックパーク』とか日本なら『ゴジラ』周辺とか、恐竜のこと、恐竜っぽいこと、あのくらいの頭の高さ、体高(ビル何階分???)のことが人気だったり話題になったりするのも、そんなことが理由のような気がして。 さて、次である。①の件。 スギのご意見では、同じところにいっぱい同じものが生えていることの違和感、というようなことらしくて。 自然界は、少しの領域でも、とてもたくさんの生きものや物質で編成されている。ここを、わりかし人間は、一つの生きもの(特に植物系)の大量生産を望むようになった頃から、ひとところにおんなじものを大量に生やそうとする方法でやってきた。 で、これだと、自然環境的に偏る、特に土の内部で消費される物質が偏ってしまって、全体調整による回復が難しくなる(どれか一つだけ?特定の何かだけ?を極端に回復するのが難しいらしい)。それにより、例えばスギは一時期、「木材としての器量を買われて(←スギの意識的にこんな感じ)ひと山スギだらけ」、というようなことが起こったようなのだが、「おんなじところにいっぱい生えると上記のように土を疲弊させてしまうので、それで花粉を遠くまで飛ばして、別の場所で自分を生やそうとしたいのだという意思表示をしている」ということらしかった。花粉を飛ばして別の場所で生えられるかどうかについて実質的に検討しているというよりも、もはや自分たちは人間に植林してもらわないとダメな存在だと思っているがゆえに、そういう意思表示をしている、ということらしい。 ゆえに、ぶっちゃけ花粉はダミーというか、人間で言うところのある種のパフォーマンスであり、現状への否定感を伴った一大キャンペーン、もしかするとデモ行為にも通じる動き、とでも言うべきだろうか。だからこそ、余計に人間の身体に否定的な影響として反映されるのかもしれない。 ここで、私の過去生の一つとしてやってきている歴史ファンタジー妄想を炸裂させたいと思うのだが笑、この「ひとところにおんなじもの問題」に繋がってくる話なので、ご容赦。 日本列島の生みの親として設定されているイザナギとイザナミの最初の子ども、一般にヒルコと呼ばれている娘がいるのだが、この子は弟(のちのアマテラス)が生まれることが分かった時点で幼少期に川に流される。たどりついた淡路島(と自分では認識しているが違うかもしれない。とにかく島)で、ヲシテ文字を研究していて文字選択として敗れたので中央から先に流されていたジジ(とババ)のもとで、年若い弟の政治を遠くから言葉で手伝うという、「そんなこと無理じゃん?笑」と思うような理屈で(ぶっちゃけ隔離に対する体のいい根拠)、日本語の勉強をさせられる。そのときの名をワカヒメという。 ワカヒメは、幼児期にあんまりな危機感に曝されたせいか、植物や動物、虫たちとも話せるようになっており、あるとき、当時、すでに一般的になっていた稲作をやっている近所の水田にイナゴの大軍がやってきてしまったときに、普段はジジババとともに完全隔離されていた屋敷から、島内のその場所に、「虫の言葉を聞いてこい」というジジの命令で派遣されて、イナゴと話すことになる。多分、「言葉のことっていったい何やってるのかしら?」と近隣に怪しまれたことに対する、ジジの「じゃあその証拠を提出してやる!!」というか、言葉に対する意固地の結果なんじゃないかと、派遣されたワカヒメとしての私は思ったとさ。 それで、ワカヒメが彼ら(イナゴ)に尋ねたところ、「え?自分たちのやってること、分かってないの?」という鮮烈な指摘を受ける笑。「こんなにひとところにおんなじものを植えてたら、界隈のバランスが崩れちゃうでしょ?危ないでしょ?だから、ひとところにおんなじものという、極端な状態の表現形として、僕らが一種類の大軍でやってきたんだよ?」って言うのである。 言い返す言葉がない。水田、つまり稲作は当時(弥生時代から古墳時代にかけての辺りだろうか)、すでに食糧を安定的に保つための方法論として定着していたし、今さら、そんなこと言われたってやめられるものではないのだ。 「とにかく、危ないの。分かった?虫からの忠告ね」 虫は生体として人間とだいぶ違う設計で、違う世界に住んでいるので、そもそも納得できることばかりじゃないのだが、この件では理屈としては分かったので、一応、人間には伝えるという条件で、帰れるものは帰ってもらって、そうでないやつは鳥に頼んで食べてもらって、なんとか事態の収拾がはかれた。 ほぼそのときだけ屋敷から外に出たワカヒメは、のちに政治の中枢から精神的な(ほぼ言語的な)病に侵されて島に送られてくるオモイカネとの顛末以外は、その件だけが有名になった。ちなみにイナゴの大群事件で、虫を退治したこと(退治じゃないんだけどさ)は喜ばれたけど、水田の「おんなんじものをおんなじところに」関連は、結構言い方を気をつけて頑張ったけどスルーされましたよね。 ってことで、今回の歴史ファンタジー妄想を終わるが、「おんなじものをおんなじところに大量に生産する」というのは、人工的だからダメというよりも、自然界の回復力を損ねるという意味であんまり推奨されないらしいということが、すでにこの時代で伝えられている。 ので、スギ花粉の件は、あんまり長くその件を改善しない人間に対して、ある種の強硬手段に出てきた、という感じなのかもしれない。これね、デジタルでの大量コピペ(大量複製)問題と通じていることでもあるんですよね。メディアによる大量複製に関しては、『複製技術時代の芸術』でヴァルター・ベンヤミンが1940年代に指摘して以来、それ系のダメージの余波が、それを望んだはずの人間の心理経済的にも、回収しきれていない感じです。 ちなみに、個人的な感想をまたも付け加えると、スギ花粉で最も打撃を受けているのは「鼻」だと思うのだが、この鼻というのは、「鼻が利く」と言うように、自分の身体に何を、それは食べ物でも情報でもルート選択でも(犬の鼻を思い浮かべてほしい)、何をどうどこから採り入れたらいいかを判断する機能なので、ここをやられるとここらへんの選択に関して、他者へ諸々の判断を委ねなくてはならなくなる。それがより一層、自分が本当に必要とする情報(大事な情報であればあるほど一人一人違うので)へのルートを見えにくくしている、食べ物の安全管理への判断を低下させ、向かう先が見えないので改善案も出せない状態になってしまっている、という悪循環に陥っている。 そもそも、この「鼻」を「花」と勘違いして、花業界が頑張っていたり、鼻をダメにするものとしての指摘で「せんざい」というのが流れていたとしても、「洗剤」の匂い強烈なのをどうにかしろ、というのを潜在意識の「潜在」と間違っていたり、「けんざい」も「建材」に関する問題意識にしてほしかったのを顕在意識の「顕在」と間違っていたりで、問題の急所の近所まで来ていたのに、別の語として聞いてそちらの問題に対処しているという見当違いも、特にスピリチュアル界隈でずいぶんと起こってきているようだ。「かみ」と言って「紙」に関する問題を浮上させたかったのが、「神」に関する問題として、新興宗教のムーブメントが起きちゃう、とかね。「しんたい」が「身体」のことなのに「神体」になっちゃっうとかね。 これは日本の同音異義語が、漢語と和語の対立の解消系として、音読みと訓読みをずっと並走させてきた結果として、その齟齬が発露していると言っていいと思う。賢脳として知られたオモイカネ(これは歴史的にもそう言われている)が一時期おかしくなって、中央からワカヒメのところにやってきたのも(回復してまた帰っていった)、この漢語と和語のはざまで日本の政治を行なうことへの板挟みによるものだった。 そんなわけで、①も②も、スギも人間もお互いに頑張ってる結果だったりするので、どうしたらいいのかについては、今後も考えていくとして(特に、最後に採り上げた言語の問題は私でも考えられるから)、痒いのもう我慢できない!!痒いのは人間にとって致命的!!!と叫んでいた私に話しかけてきたスギから、そんなことを聞いたんだよ?というお話でした。 個人的には、「もう我慢しない方がいいと思うよ?」という警告でもありましたとさ。これは、痒みだけの話じゃなくて、過去生から過去生から過去生からずっと耐えがちなメンタルの問題としてね汗。 *写真は黒ビールのギネスを飲ませてくれるHUBにて。ビールはあんまり飲めないんだけれども(お酒としてあまりおいしいと感じられない。炭酸で気つけしたいなら炭酸飲むだす)、黒ビールはどうしてか大好きなんだ。 |
2026.2.26
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BGM:「deeply」[.que]/「golden town」a. o. t 今回は、だいぶ歴史ファンタジー妄想的なやつを書こうと思う。なぜこういうふうに疑似的な表現を挟むかと言うと、誰もの脳内自由が保障されるためには、誰かの妄想が真実として横行していてはいけないからだ。正しさを信じている人ほど、実際は偏っている=妄想に傾いていることを忘れない方がいい。なぜなら、素直に自分らしくやっている、自分の正しさを素直に生きている人は、わざわざ「正しさ」なんてものを気にしたりしないからだ。社会的な「正しさ」は、一時代の、一地域の、共同幻想にすぎない。それが前提となって常識ができているということだ。その共同幻想に同調しないすべての他者に通じる大義名分など、存在しない。 大部分において、日本のことなので、こちらのページに記す。 とある北陸の地域を歩いていたときだ。役所の前にいた大きな石が話しかけてきて、その石は、堂々としていたけれども、別段、目立つ色でも特殊な感じでもなく、いわゆるところの「大きな石」だった。 「金と銀のことについて考えていたね?そう、この土地は銀、隣の地域が金として機能している。金について面白いことを教えてあげよう。石について、この私のようにただ大きくて重くて武骨で、それ以外に何の役にも立たない存在だと思う人が多い。たまに磐座として祀られるものもいるけれども、たいていは当たり前のようにそこにいる存在だと思っている。しかし実際のところ、地球を形作っている要素の中に、岩や、そこから長いこと経った石、そして私たちの中で結晶化している、いわゆる天然石として売られるものたちというのは、重要な役目を果たしていて、お前たちがいわゆる天啓や神の声だと思っているものが、実は近くにいる結晶化した石たちからの言葉で、そのことに人間が全然気づいていないこともある。石には、特に結晶化したやつには、とてもとても長い歴史が蓄積されてあって、人間が想定した概念としての神よりも、よほど長いときを経て存在している。特に人間のそばに行くようなやつは、人間を観察しようと思うような好奇心を持っており、ついでに自分と人間の在り方を比べようと、その件について一家言もっていたりもするので、人間の生活の様子を眺めるだけでなく、思わず何か言いたくなってしまうらしい。そもそも、天然石が多く出回る以前に、あまりにも「鉄」が珍重されて武器への転用が過剰になり、それを産んだ地層、岩や石が軽率に扱われるようになった頃、苦肉の策として、「金」を大量に作ることにした。これは、人間が夢中になっている人間同士の争いと、我々から生み出されたものを使って延々と生産されていく武器から、人の目を逸らさせるためだった。争いの記憶、長命な我々とは違い、そうでなくとも短命に終わる命を、それ以前に費えること、それに我らの仲間が利用されたという記憶が、自分たちに溜められるのを止めるためだったと言ってもいい。未来永劫、天と争いにばかり向いていそうな人間の気を、石たち、つまり地に向かせるためで、要するに、金というのは人間の興味を、地の側、石へと釣るための道具なのだ。ゴールドラッシュが起こったり、金でできたもの、果てはお金に対しても、魅了されてしまうものがいるのはこのためだ。天然石とは別種の構造体になっているのも、結晶化が極端に硬質にならないための方法をとっているからだ。一般に硬質なほど、人間への目が厳しくなる。これはヒトの身体と比較した条件での「硬さ」の違いゆえであって、それ以外の理由はない。お金は、今や金属としての「金」よりも数値の側面が強くなり、別の道具になりつつあるが、当初の目的である、石への興味を増やすのと同質の影響力を用いて、人を増大の欲求へと魅了するという点では、まだあまり変わっていないかもしれない。宇宙における物質の役割、つまり記憶媒体の役割としては、実際は「銀」の方が効力がある。金よりも以前から、人の暮らしに馴染んできた金属で、食器のような生活用具以外にも、宗教的用具の材質としても選ばれてきたのは、この記憶力に優れている所以だ。祈りの記憶を制限をする理由は、石側にはない。ちなみに、この「記憶」とは、宇宙の総合的な知見財としての意識の存在方法の一種であって、人間のみに有効なものではない。この土地と隣の金の土地とは、そのようにして静かに力を温存してきた。特に北部の半島において列島の古い記憶を持つ金の土地が人々を魅了し、往来を確保することで周辺の北陸一帯の土地の力を維持してきた一方で、隣の銀であるこの土地は、近い未来、当該の古い地層において温め育ててきた「北の視線」を用い、自らの土地の力の復活を望んでいるはずであるし、「南の視線」からの歴史的転換によって、つまり列島中央部の南北のバランスをとるために、実際そのようになる」 長文!!!! 何とも言えないご開示?ご提案?ご高察?である。 続きとして書くべきことがまだあるが、ここでいったん区切ろう。 あー、途中、あのときには厳密に言われなかったような難解なのを差しはさまれて、翻訳超めんどかった。っていうようなことも、歴史ファンタジー妄想ってことでよろぴくね笑。 *写真は、草場一尋氏制作の「龗カード」より。私にとって守護的存在の方々としての。 *曲は、もうだいぶ長く聴かせていただいている方々の。詳細はまた別の機会に。 |
2026.2.12
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BGM:「ベステンダンク」高野寛 前回、『サド侯爵夫人』という演劇の話を軸に書いてみたが、その後、その情報に引きずられてタイムラインに出てきた動画に世代ならではの学びを見たので(って言うと真面目すぎるな笑)、それらをここにクリップさせていただく。 『サド侯爵夫人』で、ルネの母親役のモントルイユ夫人を演じられている加藤雅也氏のインタビュー動画です。 あ、ちなみに5年前です、5年前のです。2021年初頭ですね。当時点で、ニューヨークで50年近く刊行しつづけられている週刊邦字紙の動画サイトから。 海外での活躍も多い方なのに、海外に対して、もしくは日本人としての海外に対する振る舞いに関して、海外にほとんど出たことがない私が同じ感覚を持っていることに多少の驚きを感じながらも、ホッとしたりね! 『サド侯爵夫人』のサイトも一緒にリンクしておく。 ◉【 加藤雅也 ① 】インタビュー / ハリウッドが教えてくれた世界に通用する方法 NEW YORK HIGH !/YouTube 20210129 ◉【 加藤雅也 ② 】インタビュー/ 新しきグローバルスタンダードに問われる、真の日本人らしさ、とは。 NEW YORK HIGH !/YouTube 20210130 ◉【加藤雅也 ③】インタビュー/ アフターコロナこそ〝日本人〟であることが武器になる NEW YORK HIGH !/YouTube 20210131 ◉【サド侯爵夫人】 tsp公式サイト (20260212確認) P.S.曲は、高校時代に聴いていたのを、昨日、知らない道を歩いている最中に唐突に思い出した。アルバム『AWAKENING』、片付け中の荷物の中にもあったなぁって。写真は、カードリーディングで以前にお世話になっていた方に、何某かのセッションをお願いしたときに、サポート用のフラワーエッセンスと一緒に送っていただいたキャンドル。周囲に押し花葉が施されているのが、火を灯すと透かしのように見えて美しい。 |
2026.2.6
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BGM:「pleasure ground」capsule その作品とは、とても唐突な出会いだった。 その少し前、作者である三島由紀夫のあの派手な最期について、東大闘争を1999年になくなるまで孤独に戦い、その戦いの意味をトリックスターのように演じつづけた父を持つ身からなのか、何かを守りそこねた不完全燃焼な行為だった、と感じていた。タイミング的に、まるでその感想への呼応であるかのような、出会いだった。 三島由紀夫の名前のついた演劇の動画のサムネイルになっていた舞台風景のビジュアルには、男性たちがシックなドレスと化粧に身を包んでいる、かなり異様な光景だったが、なぜかそれが、私が感じたことへの応答のように思えた。 『サド侯爵夫人』。それが現在、公演中のお芝居の名前だ。 自分というのは、何でできているのだろう、と思うことがある。自分とは、自らを認識するときの判断基準のようなもの、自らを連れていくときの指標のようなもの、永遠に微分されつづける自己理解が連続した、何か。 この判断基準や指標は、自分だけで作ることはできない。周囲にいる存在や情報が整形していく。 私も生物学上は女性の一人だが、特に女性は、「女性らしく」あることを、暗黙裡に執拗に提示されつづける傾向にあり、この主人公のルネも、その狭間で静かに戦っていた人なのかもしれないと思う。 この演劇でその役を演じるのは、約8年の芸能界休眠を経て復活を遂げた、成宮寛貴氏だ。 刑事ドラマとしてその設定の特殊さが永久に語り継がれそうな『相棒』、その3代目の相棒としての活躍を目にしたのが、個人的に最も成宮氏を拝見した期間になる。『相棒』は、初回シリーズから観つづけていたので、その延長で観たわけだが、かなりの方向転換的な配役に驚きもしたし、観る間にその不可思議さは、「右京さん」との関係性が親しみを込めて育っていく楽しさに変わった。それが唐突に、「甲斐くん」の悪魔化とも思えた、彼の裏の顔が露呈して失脚するという最後で終わり、程なくして成宮氏も芸能界の引退を発表した。 当時の私は、あまりの展開に思考停止してしまったと言ってもいい。 『相棒』には、素人判断ではあるが、「右京さん」と相棒になる役柄の人との間に、ドラマにおいて解消すべきカタルシスのようなものがシリーズごとに仕込まれていて、初代「薫ちゃん」との間でも各々、割と厳しい山越えをしていたと思うが、「甲斐くん」においては、そのカタルシスをはるかに超えて、物語的破綻、もしくは関係性的な破綻が、現実にまで波及してしまうほどの何かになってしまったように感じた。 そもそも、このカタルシスの厳しさは、「右京さん」があの地位にいることで影響する良悪同面の特殊さとも関係しており、相棒の皆さんはそれを和らげるために各々が一部を引き受け、警察機構を逸脱していく、もしくは逆に「右京さん」(ときには相棒共々)に逸脱が仕掛けられるが退ける、といったつくりになっているのだが、「甲斐くん」の最後は、そこからも大きく逸脱したような印象だった。 その後の報道は、メディアの印象操作が素人目にも分かるくらいで、距離をとって信用しないくらいしか受け取りようがなかったと記憶している。もしファンであったら、どれほど心を痛めたことだろう。当時の失脚状況を知っているなら、何もできなかった人ほど、こうしてまた復活してくれたことに安堵を感じているのではないかと思う。 彼を見ると、なぜか、鹿というか、バンビを思い出す。個人的に、最初に観た映画がディズニーの『バンビ』で(日本映画じゃないことが今となっては不思議、幼児が観に行けるようなの、当時あったのかな?)、バンビのお父さんはとても立派な森の王なのだけれど(鹿が、である)、このお父さん鹿の印象が『もののけ姫』のシシガミに私的には酷似しており、なんというか成宮氏は、この系列の人、という印象になっている。かなり無理やりな連想ゲームな気がするが、自分としてはそういうことなのである笑。 鹿という動物が、神の使いだとかいう説もあるけれども、それは鹿の生来の資質によるのかなぁと思う。 シカの名前のもとの意味を、私は昨今よく使われる「~しか(ない)」という意味のシカではなく、「而して」「然して」といった「それそのようにある」という意味だと思っている。 鹿と目が合うと、本当にそう思うのだが、まっすぐ見つめてくる。とても静かに、「あなたがあなたであるように」って。 鹿には、何かを「それそのように」するちからがあるのだ。奈良にあれだけ鹿がたくさんいるのは、奈良がかつて、水も含めて壊滅したことがあり、それを元通りに治すためだ。彼らは、一気にそれを成し遂げようとはしない。それが「それそのように」あるという域に達するまで、丁寧に丁寧に、静かに、相手を見つめながらフィードバックを繰り返す。 鹿の王のように描かれるシシガミが、相手の生死を決める力を持っているとされるのも、彼らがそうした生死に対する判断力、ジャッジの基準を担っているのではなく、「それがそのようにある」ことを自らの関与によって示すに過ぎない。 この態度は、そして他に対するこの関与の仕方は、とても日本的だと思う。 成宮氏演じる『サド侯爵夫人』の主人公、ルネが乗り越えるべき「自分の規範」は、まずは母であるモントルイユ夫人である。この母のルネやサド侯爵への振る舞いや策略は、そのどれもが、ルネに女として自分を超えてほしくない感が漂っていて、他人ごとではない。 ルネが異常性癖を示すサド侯爵を愛したのは、この母に作られた部分の自分を破壊するためだったろう。母に作られた「聖女」から「愛される女」へのシフトは、ルネにとってどれだけ自由を感じられたことだろう。 しかし、妹のアンヌと侯爵が関係をもったことで、この歯車が狂っていく。「愛される女」の地位は妹のところに移り、ルネはサド侯爵の釈放を待ちつづけることで、また「聖女」化していく。これがサドによる判断の影響なのか、ルネの資質によるものなのか分からないが、いずれにしても、母に作られたと思い込んでいた「聖女」の部分が、またルネの中に発生してくるのだ。 このことを、自分が変われると思っていたルネはどう感じていただろう。サド侯爵が送ってきた物語への同調意識によって、ルネの「聖女」化はさらに進んでいく。同時に、物語では「愛される女」が、物語表現つまり地の分による補完によって同居できている。虚構の中では、この二つは同居可能なのである。 サド侯爵が帰ってきたとき、もはやルネは夫に何も期待していない。彼の姿が単に醜かったからではない。「愛する女」を自分に近接した女性に求めたのが分かったときに、もうすでにサド侯爵はルネにとって醜い存在だった。それが現実化しただけだ。彼女はその瞬間に自分の殻を閉じ、二度と再び相手に自らの身体を開示しないという意味での「聖女」になったのだ。 そして自らを愛してくれる存在、自らの愛を捧げる存在として、神を設定する。 ルネの最初の規範は、母だった。そして次にサド侯爵になり、最後に神に至った、ということだ。 神はとても慈悲深い。死にもしないし面倒なことを言ってもこない。死者と同じだ。自分が抱いた神のイメージが近い人とは、アイドルと同様、多くの人と共有しなければならないという難点はあるが、常に脳内では一対一の対話が可能だ。 聖なる愛を育む相手は神に、生殖としての女の機能は男に。 この精神分裂状態に、いつまで人が(女性も男性もである)耐えられるのか知らないが、精神的に女性が追い詰められるとこの類の宗教妄想に陥りがちだ。現実の中に、自分の愛を投影できる存在が見つからなくなった場合は、特に。 ちなみに、アイドルの比喩で言うなら、サド侯爵はクラスメイトで、神がアイドルである。最初は素敵だと思っていたクラスメイトに、アイドルと比べて幻滅した、もしくは最初からアイドルが最高に素敵な人で、クラスメイトを醜いと感じる感覚が該当する。身近には決して、自分の聖なる愛を与えられるにふさわしい存在がいないという、ある種のアイドルを頂点としたピラミッド構造とマスコミに作られた虚構に、女性は割と騙されつづけている印象がある。 これはともすると、精神的に蹂躙された男性の身体を隠蔽状態で公共の電波に曝しつづけたジャニーズの問題とともに、日本に仕掛けられた罠のように感じるのだが、どうだろうか。 この舞台のセットを動画内で拝見したのだが、6人の女装した男性の対話劇に相応しく、背後に6本の柱が立っている。 主人公のルネが白、そしてあとの5人が黒の衣装で、これが各々本当に美しいのだけれど、そうした美と、男であることをあえて隠さない女化粧の顔面の対比が(でも皆さんとても、気遣いの行き届いた美しいメイクである)、このまだらな柱にも表現されているように思えた。 男性の身体と、女の役柄。 なぜか、数年前から、男性の身体に宿っている女性性について考える機会が何度もあった。私が女性なので、これを真面目に考えることにどのくらいの意味と価値があるのか、正直分からないままで。 特に日本は、だと思うのだが、男性に宿っている女性性の方が、聖性を維持している感じを受ける。 過去生においての経験則として、女性性にしか巫女的能力は宿らない。女性の身体にではなく、女性性に。 巫女的な能力に美が伴いはじめたあたりの時代から、この能力は男性性を自らの周囲にまといはじめた。 最も象徴的なのが、「美」の力だ。 美とは、女性でも持ちうる男性性の顕現の一種で、最もシンプルな権力意識である。 美に、特に顔面の美に相対することによって、人は思考停止し、何の思考的な背景も確認せずに、彼/彼女に従おうとする。これが、最もストレートでタイムラグなしの権力だということだ。 美に関する最も象徴的な存在は、日本で言うと、コノハナサクヤヒメが当たる。彼女の美が、当時の日本をまとめるための力として、彼女を妻に選んだ王を助けただろうことが推測される。このときに、彼らをバックアップする見えない存在として、巫女的な能力をはたらかせたのが姉のイワナガヒメである。 見えない力から、見える力へのシフトがここで起こっている。 クレオパトラや楊貴妃などの絶世の美女が世界的に現れたのも、そうした理由によるのだろう。 人の顔に宿る美は、説明なき権力として今も機能しつづけている。 これは、たとえその顔面の持ち主が女性であったとしても、男性性に相当する類のちからだ。 美にいそしむ女性たちは、実は延々と男性性を磨いている。 では反対の女性性はというと、こうした男性性の砦に守られているかと言えば、男性性との比較のもとで、もしくは男性性的な視線によって、ずっと蹂躙しつづけられている。 男性性と女性性の不均衡については、太陽系の歴史、惑星からの影響があるので、ここを欠点と思うよりは、あらかじめ不均衡な状態であることを理解したうえで生きると、こうまで男女が争ったり分離したりしなくてすむのではないかと感じる。 そんなわけで、あらかじめ男性性が担保されている男性の方が、自分の中の女性性を守れている可能性が高い。 人間にとっての、もしくは愛にとっての幸福を探るにおいて、男性の身体の中の女性性が果たす役割が意外に大きいのかもしれないことを、この『サド侯爵夫人』の公演情報が目の前に現れたときに感じたのだった。 冒頭の三島の話に戻ろう。三島由紀夫という人も、ルネのように、いや彼は男性だからまた別種の規範を押し付けられ、それを引き受けたのだろうが、外から作れた三島像を最後まで生きてしまった人なのではないかと思う。 彼の書く文章の中に、どうしても女性を感じる部分が私にはあって、それが三島が実際に接していた女性や女性経験から来ているのか定かでなかった。しかし実際の三島は、ある時期から生来の病弱を鞭打って、マッチョな身体を目指しており、最期もそのような精神の延長線上に逝ってしまった感がある。これが、当時の日本人の男性が着せられた「男性性」の規範の一つだったと言ったら、勘違いだろうか。 東大の安保闘争で唯一なくなった女性について、たまに考えることがある。なぜあれが女性だったのだろうと。 あれが男性であれば、もしかするとさらに運動が激化していた可能性があり、女性だったからこれ以上の犠牲を出さない方へ舵取りが進んだのではないだろうか。 あのときに死んだのは、日本の女性性だった。日本の歴史を学び、日本を守ろうとする力が、あそこで象徴的に「死んだ」=「殺された」のである。このすぐあと、新安保理が可決している。 今回、三島のあの壮絶な死への理解が進んだかもしれないと思う。 彼が守ろうとしたのは、かつての弱い自分を何とか生かしていた彼の女性性だったのではないかということ、あの儀式は自分がなくなる10年前に失われた、この女性と日本の女性性へのオマージュであり、しかし結果的に、自分改造によって育てられた究極の、当時のある種の理想的な男性像によって、彼は自分の女性性共々、自決してしまうのだ。 これが、あの死によって三島が何かを守ろうとして守り切れなかったように私が感じてきた理由なのかなと。 『サド侯爵夫人』に込められた、ルネへの気持ちを思う。ルネは、三島の大切な女性性の表現のような気がして。 これもまた、一時的な納得なのかもしれないけれど。 『サド侯爵夫人』せっかくチケットを買ったのだが、数日前に風邪を引いていて(特に意図しないタイミングでの咳)、現地には行かれないかもしれない。そもそも、人が多い場所には出かけていきづらい身なのに、立見席とはいえ、冒険に出てしまった。 演劇を観るとしたら、だいぶ久しぶりだ。 自分が入学した大学が演劇に親しいところだった、ということには入ってから気がついたのだが、文キャン(文学部キャンパス)から本キャン(本部キャンパス)に向かって歩く電柱に、何本目かを通りすぎるあたりで、同じビラが貼ってあるのが分かった。 よく見ると、どうやら演劇の公演のお知らせらしい。なかなか素敵な雰囲気。 当時、割と落ち込んでいた私は、それまでほとんどそんなところに行ったことがなかったのに、「これ観てみよう」といきなり思ったのだった。 その劇団の名を、PICKWICKと言う。在学中、ずっとこの劇団の公演には助けてもらった。 私が拝見するようになった時期の4人劇、舞台にほとんど小道具もないのに対話が作りだす空間の、静かに切なさや分からなさを食べていくかのような印象が、今回の6人の会話劇とも被る。 その電柱における出会いから、一体いくつの小さな劇場の演劇を観ただろう。公演時に配られるチラシだけを頼りに、次に行く演劇を決めているときすらあった。 当時は、日本中の公演情報を一手に扱う『びあ』が全盛期で、例えばこの片隅に情報が載っていたブラザーズクエイのオブジェクトアニメーション『ストリート・オブ・クロコダイル』をきっかけにして、チェコのアニメーションに触れるようになったりして私の人生を大きく変えるのだが、演劇というのは鑑賞する現場が命なので、なんというか、ご縁を大事にしていたのだ。 演出の宮本亜門氏は、これもご縁と言ったらいいのか、天王洲アイルの劇場アートスフィアのこけら落とし公演で、斬新にアレンジされたカフカの『変身』の、ザムザ役を演じられたのを拝見し、強烈に記憶している。そもそも配役の皆さんが強烈だったこともあるのだが、そういえばこれも舞台にほとんど道具がない、4人きりの対話劇だった。 この今の時代に、私にとってはドンピシャの題材であった『サド侯爵夫人』を、このような斬新な配役と舞台表現で採り上げてくださったご裁量に感謝したい。 毎週のように鑑賞していた演劇三昧は、大学卒業後、働きはじめても数年続いた。 どの演劇も、誘われるのでないかぎり、たいていいつも一人で観た。 あの、開演前の暗転の瞬間、何もかもをリセットするような感覚が本当に好きで。 現在では消防法の関係か、完全に暗転されない会場の方が多くなってきてしまったけれど。 観るものも演るものも、自分が座っている座席と目の前の舞台の前後上下左右の感覚すら一瞬、境界をなくす、けれど、この中なら安全だよ、安心して自分を出してといわれているかのような、善行寺さんの胎内巡りの本当の真っ暗さ、まさに母親の胎内にいた頃のような未分化な自分を吐露しても大丈夫に思えるような、あの暗転がもたらしてくれていた何かを、多分死ぬまで愛している。 P.S.写真は、気がつけば卒業頃には劇団PICKWICKにすっかりはまっていたことが判明した今は亡き親友が、大昔に誕生日プレゼントにくれた天使のキャンドルを、彼女のお誕生日の夜から灯していて、頭が火みたいに灯っているのに気づいてこれぞ天使、と思って撮ったもの。亀山ローソクのお品だからか、火がずっと美しかった。 |
2026.1.15
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BGM:「篤姫」(メインテーマ)吉俣良 この「dear me」のサイトも、3つ目の項目になった。 このための説明を、自分用も含めて書いておこう。社会からの自己疎外を、回復している過程でもあるので。 1つ目は、「睦月」とつけているように、ほぼ自分に向けての自分の日記。いわゆる1人称のエリア。このサイト自体が、「dear nobody」や「あなたの。」に対して、さらに自分に立ち返る1人称の設定だったんだけれども、自分の中で考える、という領域がさらに細分化された、微分されることでより分け入ってきたところ、と言ったらいいのだろうか。 2つ目は、「お金って」ということになったのだが、これは私と外部の世界をつなぐもの、つまりいわゆる名づけや人間が人間のために作った道具(言葉やお金もこのうちに入る)について、改めて認識、理解する領域で、外部の世界よりも手前にあって自分の側で確認とフィードバックを行なっているところ、という意味では、2人称的と言っていいだろう。いちばん今の日本でシビアに捉えられている、向き合えと脅迫されている概念道具が「お金」のようなのだが、私にとってのお金、私が受け取っているお金というのは、ちょっとそれとは異なっている。社会からの自己疎外を回復するのには、この両者の擦り合わせのようなことをやった方がいい、それをやるのが、疎外を起こしている齟齬の中身についてのことが最もよく分かるんじゃないかなと。 そしてできたこの3つ目が、ようやく外部の世界、私にとっては私が縁って立つところ、日本について考えていく領域である。 約20年にわたる長い障害者生活で、社会との距離及びそれへの触感が感覚不能、ぶっちゃけ壊れて失われて、1人称に長く沈潜してきたところから、2人称レベルの、今自分が使える、主に概念的な方面での道具(物理的な道具については使えば使い勝手が分かるが、概念的な道具は他者や社会と共有している部分も多いので、そうすぐには分からない)に関する確認を、病から抜けたあとのここ数年、ひたすら行なってきたのだが、他者存在との関係性ともども、なかなか安定した状態で着地できず。接地しては、過去生を含む記憶から蘇る痛みや悲しみから長く留まれずに、また宙空に浮かんで様子を見る、という時期が続いた。この2人称領域に再びアクセスしようと試みた時点で、病としては治っていたものの、何もつかみどころのない、心の重心の置き場も分からない、死んだ方がマシだと何度も思うような、非常に苦しい時期だった。 この1人称から2人称にわたる、社会感覚を取り戻す試みというのは、もしかすると2人称の向こうの、この固有名を含む3人称レベルまで(距離が遠いとしても)一気に射程に入れないと難しいことだった、あるいは、病によるあらゆる方面の社会的地位の崩壊により、自分自身を固有化する最も代表的な道具である「本名」を使うことが難しいと感じていたのが、その固有名を含む領域が、自分の視野及び感覚の射程に入るまでにようやく回復してきた、ということなのかもしれない。 私の病の代表的な症状であった「情報全公開」への強迫観念。閉じている方がリスクがあると考えて、時代的にも(特にネットを含む非物質領域に関わることでの)必要があって、情報全公開を自覚することによって引き起こされる危機的な心理的状況に耐えつづけてきた部分もあったが、ここをとうとう断念する、していい時代が私にやってきた。やっと情報監視網のようなものから自分を守れる可能性が、自分自身の感覚として生成されてきた、もしくは、かつて強烈な拘束力や圧力を感じたこの情報監視網というのが、実際には、もしくは可能性として、何だったのかについて、だいぶ把握できてきたと言うべきか。 写真は、人間について、いろいろと考えていることがありそうな、最近のカラス。 |