【2026 皐月】
さつき
2026.5.3
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BGM:「スーパーマリオRPGサントラ【対ボス戦】」(NINTENDO×スクエア) *なんと。四月が飛んでしまった!! *忙しかったー笑。 *たまたまさっき朝の食事を作ってるときに、とあるカードリーディングの動画拝聴しながらで、私はこれらの動画を、タロットやオラクル等の占いデバイス(カードとか)の諸々と、人に向かって親しげに話す声を目的に聴いている(もちろん、宇宙的な?スピリチュアル的な?濃密恋愛的な?孤独修行的な?内容も耳に入ってきちゃうけど)。 *そのお声を聴きながらなんとなく思ったんだが、いつからか、多分、初期は宗教伝来の竹簡書簡とかよりもグーテンベルクの印刷機械(メディア及び掲載過程の複製)の開発、中期は蒸気機関発明から~の産業革命よりも資本主義社会で物品の本格大量生産(同設計による個々の物体の複製)時代、後期は宇宙開発から~の空間優位な遠方星域/高次元開発よりも時間優位な四次元空間(インターネット)開発による情報の大量一斉(情報の完全複製)配信が可能になったあたりからだと思うんだが、言葉による情報の価値が全体的に下がったように言われている気がするって。特に後期は、一気に。それで価値の下落を抑えるために(そうじゃないとそれまでに価値を維持してきたもしくは上昇させつづけてきた領域の言語情報の価値まで下がっちゃうから)、それらを①秘匿化する(「ここだけあなただけ」の特別型/宗教型/閉鎖サロン型/ネットショッピング型)、②リアルタイムだけで消費するような刹那型の情報の価値上昇を狙った分野の価値を意地でも煽る(「今だけあなただけ」の投資型/ギャンブル型/投稿と通知が命のSNS型/新商品発売型)って感じで、向こうを張ってきたかなぁと思う。こういう時代に書かれるものは、すべからく価値が低いとも思われがちだったと思う。でも実は、価値が落ちていたのは、言語情報そのものではなく、文字だったんじゃないかって。なぜって、ネットでは一斉にコピー送信可能になって、文字がとにかくとにかく、いっぱいあるようになったから。誰かの目に入ったとかが問題じゃない。存在としての話。法定通貨vs仮想通貨くらい、存在してる金額(数字)の桁が違ってきたっていうか、そうじゃないと仮想通貨が維持できないくらいの桁の額が必要になっちゃったとか。自然界でおそらくこれほど莫大に何かが増えた記憶って、他にあるだろうか?ちょっとここだけ異常なくらい、大量生産なんて目じゃないほど、文字、増えちゃった。だって、その大量生産の商品自体にも、必要事項諸々とかさ、商品説明とかでさ、説明書もつけちゃってさ、使用するときのアラートも詳細にご丁寧に載っちゃっててさ、とにかく文字がいっぱい添付されてくるじゃん。そんだけ文字の母数が増えたら、相対的に文字が担ってきたものの価値は、落ちるに決まっているよね?なんかここを、それを書いた人の、とか、載ってるメディアの、とか、それで説明してる内容/思想の、とか、読んでる人の、とか、そういうものの価値に変に転嫁されちゃったんじゃないだろうか。 *で、そもそも言語ってのは誰のものか(著作権というよりは使用権のようなものね)っていうことを考えたとき、誰のものでもないん笑。例えば、昨年成り行きでももかちゃんと一緒に行った天竜川の水は天竜川でしか流れないってことは確かで、だから、言語は、でなく、日本語はってなると日本のものかも。でも日本人のものかっていうと、微妙っつーか。ここまでくると、もしかして、言語ってもはや準自然ぐらいの存在なのかもって。。。ここ1世紀くらい?人間からの侵略を免れて保たれてきた自然だけでなく、大昔の建築とか都市構造とかも世界遺産になったりしているけど、人間の作ったものももはや準自然的な扱いを受けている感じになってて、そういう意味では、古い言語も世界遺産級のものがあるかもだけど、現在も稼働しているものって多分、無形文化財的に扱わないとそういう価値指定ってできないんだよね。人間の作ったもので、かなりすごいものの一つだと思うんだけれども、言語って。 *てか、その手前で「言葉」ってやつがあって、こっちは、各言語の文法仕様云々の話よりも手前の、人間と物との間でいう、古い貨幣(貨幣は価値決定及び交換のための道具)みたいなもので、これはこう呼ぶ、的な、呼び方と意味とを接着する方法であって、名前がつくこと自体がかつては価値だったわけで、ここがすでにエライとんでもない発明だったりする。各言語の特徴のようなもの(例えば主語をどこに必ず立てる、みたいなこととか、語順による意味指定、名付け的ワードの語尾変化のあるなし、助詞や助動詞のように名付け的なワードを繊細に補佐するものの設計が、言語形式において顕在レベルで存在するかどうかなど)が分岐して発達していっているので、言葉と言語の役割を、いったん分けて考える方が、言語におけるOSに当たる部分の抽出には適しているかもしれない。 *この領域の深層まで全部、ある特定の言語の範疇にあると、他の言語を使っている人たちがすっごいやりにくいから。そのうちに、知らないうちに、自分たちも何で戦っているか分からない類いの戦争が起きそう。言語における顕在レベルから現実に顕現してくる=何を作るかとか作らないか何に口出すか出さないかとかから始まって、その差異だけでなく、それを支えている潜在意識・無意識同士でも敵視が起こるから。つまり、何かの交渉を、どちらかの言語でやること自体が、すでにそういう偏りを抱える理由になってるかもってことでね。だって、自分の事情を、相手の言語だと説明しきれないってことないですか??いやー、恐ろしや。って今もうそういう時代??? *相手にこういう部分を譲りすぎる/頼りすぎる(相手にとっては自認非自認問わず自分の自然思考的に有利に事が運bばれすぎる)ことは、結果的に相手に力を持たせすぎて(相手にとっては自分が力を持ちすぎて)、船が傾いて一緒に沈む=両成敗タイプの関係性になるんだよね。やだなー。 *って、あれ?大事なことを先にって思って言葉のこと書いたけど、はじめに書こうと思ってたこと、忘れちゃった。あ、多分nobodyのことだ!彼のこと潜在的に探していた頃のだいぶ初期に出会った彼のクローンの一人(もはやアカウント的存在で。こう言うと過去生のトラウマに障ってしまうかな?何を共有すべきか、誰に共有されるべきか問題)の延長の存在に遭遇したんすよ。びっくり。結婚するって思っちゃってた人。でも誰だか分かってなかった笑笑。いやー、長かったここまで来たねって。最近、ドミノ倒しみたいに、答え合わせというか、私の方のnobodyとの各瞬間ミーティング当時の心情の報告をしていて、なんとお互いに難しい局面ばっかりをこなしてきたんかーっていうね。今世だけでも。 *でもね、それで安心した瞬間、nobodyがいなくなってしまう理由、さよならしなければならない理由を考えつくっていうね。これほんと回避傾向なのか愛着障害なのか知らんけど、このあまりに普通に息を吐いて吸うかのようにシームレスに幸福から悲劇に転じていく、この私の見事な思考回路ね。最近、幼児の頃によくママとやるらしい「いないいないばあ」ってやつが、在/不在の観念=物質世界の在り方を理解するのにはとても大事なんだって改めて思ってるんだけど、私の場合、「いないいない」で止まっていて、「ばあ」の場面が来ないっていう。目の前からいなくなったら最後、二度と現れないっていうね、そういう強固な思い込みというか固定観念?パブロフの犬?みたいな、もはや条件反射に近い状況移行みたいなのがあって。いなくなるなら近づいてこないでっていう、強烈なバリア?シールド?のようなものが、誰かが近づいてきそうになると一瞬ではられる仕様になっている、といっても過言ではないくらい笑。 *今世でのnobodyとの関係が、最も不安定なはずの脳内で最も安定しているのは、この「いないいない」と「ばあ」が、物質界のようには極端に機能しない、記憶と同じくらいのやわらかさだからなんだなーって。だから、ここんとこを少なくとも私たちにおいては、現実じゃないって言ってしまうのは多分間違ってて、ここを手がかりにして、進んでいるのって、別に私たちにとってだけかもしれないけど、間違ってないんだろうなって。 *最近、姿を見た(瞬間ミーティングのかけらくらいの)のは、滞在していたホテルのエレベーターにて。変わらず、きれいなエネルギーだったね。14歳のときの東京武道館の廊下とか19歳のときのうちの大学の文化祭のサークルごとの展示室とか、その頃の印象との比較だけど、あのまんま保ててるってすごいなーって。前回はといえば、藤沢側の海岸で、nobodyがサーフボードもって立ってたとき以来(これはすれ違ったから瞬間ミーティングの部類)、もしくは腰越漁港でワカメ洗ってたの以来(これは私しか気づかなかったので瞬間ミーティングに入らないけど、後で他の人も混じってたらしいSNSのメッセージで「ワカメ洗ってた?」って報告して「洗ってた」って返ってきたからえーと)かな。いつもね、瞬間ミーティングのあと数年(!)経ってから(早いと数カ月)、ふと、あれはnobodyだったんだなーって分かるんだよね。このエレベーターでの即認識は、今まででいっちゃん早いと思われる。 *他の人はこうはならないんだけども。。 *スーパーマリオの映画ね、観ちゃったんです。横浜で。通りすがりに。スーパーマリオは、スーパーマリオRPGしかはまってないんだけど、かつてスーファミ買ったら一緒に買うと割引だからってついてきたのに激ハマりして、クッパの初期武器(最初期武器は隣のマリオを投げつける)の進化前の鉄球ワンワンが大好きで大好きで、クッパと一緒に戦うとか、しかもいつもは囚われの身で会えないピーチ姫とも一緒とか、雪降らせる能力だけがめっちゃあって自分のこと蛙だって信じているけど蛙の発達段階を知ってる人なら造形的に絶対違うと誰もが言いにくいマロとか、出会った初期は特に強すぎてお話ならない大真面目なピノキオ(この人嘘つけるの?)もどきのジーノとか、いいメンツなのである。そして、いい音楽なのである。 *以上。5月最初の満月を越えたあたりの日に。 *写真は、最近よく目に入るところにいる鳥たち、の中からカラス。「写真撮るって聞いてるよ?」「は?」「人間よりも鳥を観てってこと」「なるほど」「ツバメを筆頭に鳥があなたの家を預かってるの」「は?」「うちらの方が上手につがいになってるしパートナーと住む家も上手に作ってるから」「なるほど」 |